ジャパンダイジェスト

メルケル対ゼーホーファー、難民政策をめぐり激しく対立

バカンスシーズンを告げる夏の青空とは対照的に、ドイツの政界はどんよりとした黒雲に覆われている。この国は6月下旬以来、難民政策をめぐる政府内の対立で激しく揺さぶられた。

メルケル首相と、ゼーホーファー連邦内務大臣
6月20日、ベルリンのドイツ歴史博物館で行われたイベントに参加した
メルケル首相(左)と、ゼーホーファー連邦内務大臣

首相と内相が対立

アンゲラ・メルケル首相とホルスト・ゼーホーファー連邦内務大臣の間で、難民の受け入れをめぐる意見が真っ向からぶつかり合い、キリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)の亀裂が深まったのだ。

ゼーホーファー氏は、「EUでは外縁部の境界での警護や入国管理がずさんだ。この状態が改善されない限り、ほかのEU諸国で登録済みの難民はドイツ国境で入国を拒否し、追い返す」という方針を打ち出した。これに対しメルケル首相は、「難民受け入れはEU全体で解決するべき問題。隣国とのすり合わせも不可欠だ。ドイツだけが独りで解決しようとしてはならない」とし、ゼーホーファー氏の主張に反対している。

ドイツに集中する難民たち

中東やアフリカからEUにやってくる難民の大半は、まずギリシャやイタリアに到着する。EUのダブリン協定によると、難民は最初に到着したEU加盟国で登録を受け、そこで亡命申請を行わなくてはならない。だが多くの難民は、社会保障制度が充実しており生活水準が高いドイツに移住しようとする。確かにドイツの難民に対する扱いは寛容だ。ここで亡命を認められた難民は国から住む所を斡旋してもらえるほか、失業者として登録されれば家賃や社会保険料だけではなく、毎月約300ユーロの小遣いも支給される。多くの難民がこの国を目指すのも無理はない。

実際、2015年には100万人近いシリア難民がギリシャやハンガリーではなく、ドイツでの亡命申請を望んだ。当時メルケル首相はダブリン協定を一時的に無効にしたのだ。現在ドイツに入国する難民の数は、2015年に比べると大幅に減っている。しかし長期的に見れば難民危機はまだ終わっていない。人口学者たちは、将来中東や北アフリカからEUを目指す経済難民が増加すると警告している。

もしもドイツがゼーホーファー氏の政策を実行したら何が起きるだろうか。たとえばイタリアに船で到着し、氏名や指紋をEUのシステムに登録された難民は、ドイツ国境で入国を拒否される。隣国のオーストリアも同様の措置を取ると予想されるので、オーストリアもこの難民をイタリアへ送り返す。つまりEUの南端にあるイタリアやギリシャは、ドイツやオーストリアから送還された難民でごった返すことになる。イタリアは、「EU加盟国の間で難民を分配するべきだ」と主張してきたが、東欧諸国などは頑として拒否している。

つまりゼーホーファー氏の主張通りドイツが登録済み難民の入国を拒否したら、他国で混乱が生じる。メルケル氏が首を縦に振らないのはそのためだ。

内務大臣の罷免の可能性?

だがゼーホーファー氏はメルケル氏がEU首脳会議で新たな難民受け入れのルールなどについて合意を達成し、CSUを納得させる解決策を打ち出さない場合には、独断で登録済み難民の入国拒否を実施すると言い始めた。これに対しメルケル氏は「ドイツが独自に入国拒否を開始したら、それは私の指揮権を侵す行為だ」と述べている。つまりゼーホーファー氏が国境での入国拒否を命じた場合、首相は彼を罷免する。

ゼーホーファー氏が解任された場合、CSUは大連立政権から離脱する可能性が強い。つまり3月に生まれたばかりのメルケル政権が崩壊し、連邦議会選挙をやり直さなければならない可能性が浮上したのだ。

10月のバイエルン州議会選挙が原因

なぜゼーホーファー氏は政権の存立を危うくするような態度を取るのか。その理由は今年10月にバイエルン州で行われる州議会選挙だ。1945年に創立されたCSUはバイエルン州の地方政党で、CDUの姉妹政党。1957年以来、同党は61年間にわたってバイエルン州の首相を輩出してきた。だがメルケル政権の難民政策に対する不満から、CSUは極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に支持層を切り崩されており、去年9月の連邦議会選挙ではCSUの得票率が前回の選挙に比べて約11ポイントも下がった。CSU支持者の間では、2015年にメルケル氏が独断的に多数の難民受け入れを決めたことに対する不満が強い。

世論調査機関やメディアは今年10月の州議会選挙で、CSUが初めて単独過半数の確保に失敗し、他党との連立を迫られるという見方を強めている。このためCSUは今年に入って、政策を急速に右旋回させて、AfDに奪われた支持者を取り戻そうとしている。

政権崩壊を避けるべきだ

CSUは「2015年の難民危機から3年近く経っているのに、メルケル首相は抜本的な解決策を打ち出していない。CSUは今こそ行動しなくてはならない」と主張。つまり彼らはメルケル氏に公然と反旗を翻すことで、秋の選挙での得票率を増やそうとしているのだ。この態度については、バイエルン州の住民の間からも「あまりにも頑迷な態度だ」という批判が出ている。

CDUとCSUは運命共同体であり、内部抗争はドイツだけではなくEU全体にとってもマイナスである。メルケル氏とゼーホーファー氏の衝突、大連立政権の崩壊という事態だけは絶対に避けてほしいものだ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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