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難民危機でメルケル首相への批判高まる

第2次世界大戦後最大の難民危機をめぐり、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は国民から厳しい批判を浴びている。難民危機は、メルケルの政治生命にとっても重大な脅威となりつつある。

批判の急先鋒は、大連立政権にも参加しているキリスト教社会同盟(CSU)のホルスト・ゼーホーファー党首だ。彼は、9月4日にメルケルがシリア難民の受け入れを決定した直後から、「重大な政策ミスであり、ドイツに長年にわたって悪影響を及ぼす」と批判していた。ゼーホーファーは、バイエルン州政府の首相でもある。今年1~9月までにバイエルン州が受け入れた亡命申請者の数は、約8万9000人。これは、ノルトライン=ヴェストファーレン州に次いで2番目に多い数である。

バイエルン州政府に対しては、市町村から、「難民のための暫定的な宿泊施設が見つからない。収容能力の限界を超えている」という声が寄せられている。

ゼーホーファーは、メルケルに対して「憲法が基本権として保障している亡命権を見直して、ドイツに受け入れる難民数を制限すべきだ」と述べ、難民政策の修正を要求。さらに、「連邦政府が難民の流入に歯止めをかけない場合、連邦憲法裁判所に提訴する」と強硬な態度を打ち出している。

だが、難民政策の見直しを求めているのは、CSUだけではない。メルケルの足元にも火がついている。彼女が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)の地方支部や、同党を支持する市町村の首長たちからも、「これ以上は不可能だ。難民の受け入れを制限してほしい」という要求がメルケル政権に寄せられている。

10月15日、メルケルはザクセン州のシュコイドリッツで行われたCDUの党員集会に参加したが、一部の党員たちは、首相に対して痛烈な批判を浴びせた。「メルケルさん、あなたは何人の難民がドイツに流れ込んでいるかも、誰が来ているのかも知らない。この難民流入を直ちに止めるべきです」「知り合いから、メルケルは私の首相ではないと言われました」(CSUの批判に対するメルケルの、「困っている人々に援助の手を差し伸べたことについて、私が謝罪しなくてはならないとしたら、ドイツは私の国ではない」との発言を受け)。党員の1人は、「Merkel entthronen!(メルケルを王座から引きずり下ろせ)」と書いた横断幕を掲げた。

Merkelmussweg
PEGIDAのデモで掲げられたプラカード「Merkelmussweg(メルケルよ去れ)」

これらの発言は、CDUの草の根の党員たちの間で、メルケルに対する反感がいかに強まっているかを示している。さらに、連邦議会のCDU・CSU議員団の間でも、メルケルの難民政策に対する批判が強まっており、会議の席上でメルケルに対し、「私はあなたとは違う意見を持っている」と、公然と反論する議員も現れた。

メルケルにとって深刻なのは、有権者からの支持率が難民危機の影響で低下していることだ。公共放送ARDが9月末に行った世論調査によると、回答者の51%が「難民急増に不安を抱いている」と答えた。1カ月前の調査に比べると、13ポイントの増加だ。メルケルへの支持率は、この1カ月間で9ポイント下落し、54%となった。逆に、メルケルを批判したゼーホーファーに対する支持率が、11ポイントも伸びた。

また、アレンスバッハ人口動態研究所が10月末に行った世論調査によると、「ドイツは何人の難民を受け入れるかについて、完全にコントロールを失っている」と答えた回答者は57%に上った。回答者の71%が、「ドイツは難民に対する待遇が良過ぎるために、難民が急増した。ドイツにも大きな責任がある」と答えている。今年8月に、「ドイツへの難民急増について、非常に強い懸念を抱いている」と答えた回答者は40%だったが、10月には54%となった。

保守勢力は、「メルケルの難民政策は、極右政党が支持率を増やすのに絶好のチャンスを与える」との危惧を強めている。実際、ドイツの極右勢力は難民急増を契機に過激化しつつある。旧東独に多くの支持者を持つ右派市民団体「西洋のイスラム化に反対する愛国的な欧州人(PEGIDA)」が10月に行ったデモでは、一部の参加者が絞首台の模型を掲げ、メルケルの名前を書いた紙片をつるした。同月19日にドレスデンで行われたPEGIDAのデモには、約1万5000人の市民が参加した。ケルンの市長選挙の投票日前日には、難民受け入れを支持していた候補者が、極右思想を持つ暴漢にナイフで刺されて重傷を負った。

外国人排撃を動機とする犯罪は、今年1~6月までは毎月200件のペースで発生していた。しかしその数が、7月には423件、8月には628件と大幅に増加している。連邦内務省によると、難民宿泊施設に対する放火や落書きなどの犯罪行為についても、昨年は約153件だったが、今年は10月初めの時点で490件に増えている。昨年比220%以上もの増加だ。今後は、難民受け入れに批判的な右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持率が急速に高まるだろう。

2011年の脱原子力に関する決定に見られるように、メルケルは世間の空気を読んで政策を急激に変えることをためらわない政治家だ。すでに難民政策を硬化させる兆候を見せており、例えば「国境近くにトランジット・ゾーンを設置して、亡命資格のない外国人は直ちに強制送還すべきだ」というCSUの提案に賛成している。

9月初めには「マザー・テレサ」にも例えられたメルケルだが、人道的な政策は、現実政治の厳しさの前に潰されるのだろうか。

6 November 2015 Nr.1013

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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