シェーネベルク地区の南側にフリーデナウというエリアがある。シェーネベルクや大きなショッピング街のある隣のシュテーグリッツに比べると、足を運ぶ機会は少ないのだが、ある土曜の午後にゆっくり歩いてみようと思い立った。

ツェツィーリエ庭園の大きな公共スペース

出発点はSバーンのブンデスプラッツ駅。このすぐ南側は幾何学的にシンメトリックな形状で設計されており、面白いことに、周囲の通り名はジークリンデ、イゾルデ、ゼンタなど、ワーグナーのオペラの女性の登場人物にちなんでいる。その中心に位置する広場は、作曲家の創作の源泉になった人物に敬意を表してか、コジマ（ワーグナーの妻）の名が。

そこからハンジェリー通りを南へ歩く。フリーデナウは普仏戦争後の1871年に生まれたエリアで、グリュンダーツァイトと呼ばれる好景気の時代に建てられた美しい邸宅が今も多く残る。やがてぶつかるのが、レネー・シンテンス広場。ベルリンを舞台にした多和田葉子の物語『百年の散歩』（新潮文庫）にもこの広場をタイトルにした章があり、昔この近くに住んでいたエーリッヒ・ケストナーやギュンター・グラスが紹介されている。確かに文人に愛されそうな閑静な住宅街である。

南北に伸びるライン通りに入ると、奥に旧フリーデナウ市庁舎の塔が見え、突如車と人の往来が激しくなる。だが私は再び脇道に入り、今度は北側のフレッゲ通り、スティーア通りを歩いた。ここを歩きたいと思ったのは、多くの「つまずきの石」があると聞いていたからだ。この石にはナチスの犠牲者の名（多くはユダヤ人）が刻まれ、一つの建物の前に22個のユダヤ人の石が埋められている例もあった。

スティーア通りに埋められたつまずきの石

例えば、この通りの21番地に住んでいたザロモン＆フリーダ・レヴィンという夫妻の石がある。1938年11月のポグロム「水晶の夜」の後、2人の息子はキンダートランスポートの救出作戦でフランスに逃げることができた。しかし、フリーダは強制労働を余儀なくされ、1942年にはワルシャワのゲットーへと送られて命を落とす（夫のザロモンはホロコーストを生き延び、後にカリフォルニアで死去）。2012年、つまずきの石の敷設に際して、米国在住の息子の1人が戦後初めてドイツを訪れ、母の石の前でカディッシュの祈りを捧げたという……。

持参したガイドブックに紹介された、石の背後にある家族の物語を読んでいると、何度か胸がつまってしまう。少し救われた気持ちになったのは、フィリップス教会の前に設置されたつまずきの石についての大きな案内板に、このプロジェクトに参加した多くの子どもや若者たちの姿があったことだった。

そこから大通りを越え、東に少し行くと、ツェツィーリエ庭園と呼ばれるワイマール期に完成した巨大な集合住宅にぶつかった。中央に縦長の大きな公共スペースがあり、マロニエの花が鮮やかに咲き誇っている。自宅からそう遠くない所にこんな牧歌的な場所があったとは! 爽やかな5月の風を浴びながら、ベンチでしばしくつろいだ。

旧フリーデナウ市庁舎
Rathaus Friedenau

1913～16年に建てられたネオバロック様式の市庁舎。1920年の行政区新設法によってシェーネベルクに組み込まれたことにより市庁舎としての役目は失ったが、現在もこのエリアのランドマークとなっている。その前のブレスラウアー広場には週3回野外マーケットが開かれる。1881年から今に続く、ベルリン最古の屋外マーケットでもある。

オープン：月曜8:00～13:00、木曜12:00～17:00、
土曜8:00～13:00（野外マーケット）
住所：Rheinstr. 1-2, 12159 Berlin

ツェツィーリエ庭園
Ceciliengärten

1922～27年に当時の田園都市運動により生まれた集合住宅（ジードルンク）。帝政ドイツ最後の皇太子ヴィルヘルムの妃ツェツィーリエにちなんで名付けられた。同時期にヴァルター・グロピウスやブルーノ・タウトらによって設計されたモダニズム建築とは一線を画し、ユーゲント様式による重厚なスタイルを持つ。1995年にベルリンの文化財に指定された。

住所：Ceciliengärten, 12159 Berlin