地下鉄U3のクルメ・ランケ行きに乗って、終点の一つ手前のオンケル・トムズ・ヒュッテ駅で降りる。駅名が「アンクル・トムの小屋」とは考えてみれば不思議だ。1885年に当時まだ森だったこの界隈で、トーマスという人がストウ夫人の有名な小説にちなんで、行楽客向けの飲食店を始めたことに由来する。それだけのことのようだが、当時は周辺にそれほど建物が少なかったことの表れなのかもしれない。
マツの街路樹と一体となったオンケル・トムズ・ヒュッテの森のジードルング
毎年9月の週末に開催される文化財一般公開のこの日、「森のジードルング」とも呼ばれるオンケル・トムズ・ヒュッテの集合住宅のガイドツアーに参加すべく、早起きしてやって来たのだった。森のジードルングは、「ベルリンのモダニズム集合住宅群」として世界遺産に登録されているフーフアイゼン・ジードルングなどと同じワイマール時代の遺産。設計に際してはブルーノ・タウトが重要な部分を担った。
駅前の閑静な住宅街からヴィルスキー通りに入ると、奥へと続く集合住宅の黄色のファサードが目に飛び込んできた。街路樹のマツが存在感を出している。同じ建物でも、中庭に面した側は青と白が基調になっており、視覚的にも楽しい。「このジードルングは、建築物と自然との融合にも工夫が凝らされています。例えば、街路樹のマツはファサードに影を作り出し、素晴らしい『遊び』の効果をもたらします。さらにはさまざまな色合い。黄色は街を活気づけ、青と白の組み合わせは中庭を落ち着いた雰囲気にします。つまり、色は美しいだけでなく、機能を持っているのです」とガイドのホルガー・デュアさんがその魅力をいきいきと語ってくれる。
中庭に面した側は青と白が基調カラーに
南ドイツのバンベルク出身のデュアさんは、ミュンヘンで建築を学んだ。どちらも伝統を重視する街ゆえ、研修旅行でベルリンを訪れた際に出会ったノイエス・バウエンと呼ばれるモダニズム建築には、特に強い印象を受けたという。現在はベルリンの建築事務所に勤める傍ら、9月の文化財一般公開では毎年ジードルングのユニークな魅力を伝えている。
森のジードルングには住民で構成される「Nachbarschaftsverein」という協会があり、建築関連のレクチャーや文化行事の開催など、住民のイニシアチブによる積極的な活動が展開されている。「タウトは単に無表情な郊外の住宅街ではなく、独特のオーラを持つ場所を作ることに成功しました。だからこそ、人々はそこに住むことをとても気に入っているし、住民の結束力も強いのかもしれませんね。建築家としてつくづく思うのは、良い住宅を設計することの難しさ。タウトのように、都市を全ての住民にとってより手頃で住みやすくするにはどうしたら良いか、私たちは考えなければなりません」
住宅難と家賃の高騰に直面しているベルリンでは、「支払い可能な家賃」が選挙の公約にさえなっている。100年近く前に労働者の集合住宅として建てられたジードルングも、現在は人気物件だ。手の届く存在でありながら、住まいを考える上でこれからもヒントを与える場所であり続けてほしい。
ジードルング・オンケル・トムズ・ヒュッテ
Siedlung Onkel Toms Hütte
1926年から31年にかけて、当時のベルリン市の建築参事官マルティン・ヴァグナーの委託により生まれたジードルングの一つ。カラフルな色彩から「パパガイ(オウムの意)・ジードルング」の愛称も持つ。ジードルングの住民で構成された協会では、その名を取った下記ホームページで活動内容やジードルングの歴史などを紹介している。
住所:Am Wieselbau 1, 14169 Berlin
URL:www.papageiensiedlung.de
地下鉄 オンケル・トムズ・ヒュッテ駅
U-Bahnhof Onkel Toms Hütte
1929年に完成した地下鉄U3の駅(駅自体は地上にある)。ジードルングの完成に合わせて、1932年にホームの両側にショッピングアーケードが追加で設置されたが、地下鉄駅とショッピング街を組み合わせるコンセプトは当時斬新だったという。残念なことに、2020年11月にこのアーケード内にあるインビスで火災が発生し、現在は修復作業中。
住所:Onkel-Tom-Str. 99, 14169 Berlin