ジャパンダイジェスト

ブリッツ宮殿で出会った1900年頃のベルリン

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11月のある日曜日、S バーンのヘルマンシュトラーセ駅からM44バスに乗り、フルハーマー・アレーの停留所で降りた。この夏の酷暑の影響だろうか。11月も半ばだというのに、木々は黄金色の葉をいまだまとっている。古い村の教会は、手前の池と共に絵画的な風景をつくり出していた。この日やって来たのは、ノイケルン地区にあるブリッツ宮殿を見学するためだ。宮殿前で「ブリッツ農場」の表示が目に入り、隣接した農場に行ってみることにした。

ネオ・ルネサンス様式によるブリッツ宮殿ネオ・ルネサンス様式によるブリッツ宮殿

ブリッツ宮殿と農場は、13世紀以来騎士領だった古い歴史をもつ場所だ。農場は広々としたスペースで、奥へと続く。19世紀の建築群が、現在はレストランや郷土博物館、パウル・ヒンデミット音楽学校などの施設として使われている。かつての牛舎を改造したコンサートホールも。奥には動物の飼育場があり、子どもたちがウマやヤギと触れ合っていた。

隣接した農場では、動物と触れ合える隣接した農場では、動物と触れ合える

こんな文化スペースがあったのかと新鮮な気分で、今度はシュロスパークと呼ばれる公園を散策した。300年以上の歴史があり、ベルリン最古のイチョウをはじめ、貴重な樹木が今も多く残っている。

ブリッツ宮殿では、思想家ヴァルター・ベンヤミン(1892〜1940)の自伝的エッセイ『1900年頃のベルリンの幼年時代』をテーマにした特別展が開催されていた。ティアガルテン地区の裕福なユダヤ人家庭に生まれ、後に西側の高級住宅地グリューネヴァルトの邸宅に移り住むベンヤミンとその一家。そんなベンヤミンの幼年期に、工場経営者のヴレーデ家は、ブリッツ宮殿最後の個人所有者としてここに住んでいた。ベンヤミンを同じグリュンダーツァイト(ドイツ帝国が好景気に沸いた時代)の住居空間のなかで読み直す試みといえる。

祖母の家を緻密かつ温かな筆致で描写した「ブルーメスホーフ12番地」や「電話」といったエッセイと並んで、現代作家9人の作品が紹介されている。ベンヤミンゆかりの場所を並べた写真作品や、訪問者が自らの幼年時代を思い出して古いタイプライターにつづる参加型の作品、等々。

2人の若者が池や森をさまよいながら語る「ベンヤミンの最後の道」という映像作品は特に印象に残った。1940年にフランスとスペインの国境を非合法に越えようとして最後に自死を選ぶベンヤミンの道のりが、2015年にシリアからベルリンに避難民としてやって来た人によるテキストと響き合う。この映像作家の「故郷」となったノイケルンで撮影されたという。

一通り展示を観た後で、常設展「グリュンダーツァイトの生活文化」の部屋に入ると、思わずため息が漏れた。ヴレーデ家が住んでいた1880年から1900年にかけてここにあった住居を再現した豊かな空間が広がっていたからだ。華麗な天井のスタッコをもつ壁のデザインはオリジナルだという。まるで「ブルーメスホーフ12番地」の家が目の前に現れたかのような錯覚を抱きながら、この混沌とした時代にあらためてベンヤミンを読んでみたくなった。

インフォメーション

ブリッツ宮殿と農場
Schloss & Gutshof Britz

ノイケルン地区南にある宮殿の歴史は、騎士のブリツケ一族がこの地を所有した13世紀にさかのぼる。プロイセン選定候が領主だった時代を経て、1880年にユリウス・ヴレーデが宮殿をネオ・ルネサンス様式に改築し、現在に至る。隣接の農場では、多彩な文化イベントが開催される。

オープン:火〜日12:00〜18:00(宮殿)
住所:Alt-Britz 73-81, 12359 Berlin
電話番号:030-60979230
URL:www.schloss-gutshof-britz.de

展覧会「記憶の深層への探検ヴァルター・ベンヤミンの『1900年頃のベルリンの幼年時代』」
Expedition in die Tiefe der Erinnerung. Walter Benjamins Berliner Kindheit um Neunzehnhundert

ブリッツ宮殿で開催中の特別展。幼年時代の記憶をテーマにしたベンヤミンのエッセイが、19世紀末の生活文化を伝えるこの場で新たな輝きを放つ。オリジナルテキストや原稿の紹介に加えて、このエッセイから啓発を受けた現代作家の作品も見ものだ。常設展とのコンビチケットは5ユーロ(学割3ユーロ)。2022年12月30日までの開催。

住所:Alt-Britz 73, 12359
URL:www.schlossbritz.de

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(学研プラス)など。
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