ベルリンは第二次世界大戦で大きく破壊された都市ゆえ、古い時代の街並みや文化遺産を見出すのが難しい。それだけに、東の郊外にベルリンで唯一18世紀から現存するオルガンがあると知人から教えてもらって以来、その響きに触れたいと思い続けていた。昨年末、その願いがようやくかなった。
福音小教区教会に置かれている「アマリア・オルガン」
昨年12月25日のクリスマスの夕方、ツォー駅からS バーンのS3に乗って約30分、カールスホルスト駅で降り立った。クリスマスで人気の少ない通りをしばらく歩くと、尖塔を持つ福音小教区教会が見えてきた。
こぢんまりとした教会の中に入り、2階に上がると、祭壇と向き合うように風格あるオルガンの姿が目に留まった。白と緑を基調とし、パイプ部分には金色のロカイユの装飾が散りばめられている。まさに18世紀ロココを想起させる優美なオルガンだ。
通称「アマリア・オルガン」。プロイセンのフリードリヒ大王の末の妹、アマリア王女(1723-1787)のために製作された。フリードリヒ大王やその姉のヴィルヘルミーネ同様、アマリアもまた音楽への造詣が深く、バッハの弟子のキルンベルガーから作曲の手ほどきを受けたり、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハと手紙のやり取りをしたりするほどだった。
アマリア・オルガンの鍵盤
当初はベルリン王宮、1767年からはウンター・デン・リンデンの王女の宮殿(今のロシア大使館の辺りに位置した)に置かれていたこのオルガンは、数奇な運命をたどる。王女の死後、ベルリン近郊ブーフの宮殿教会に寄贈された。20世紀に入ると、ミッテ地区のマリーエン教会に設置される予定だったが、第二次世界大戦により実現に至らず。オルガンは解体され、大部分はポツダムのシューケ社の工房に保管された。1956年、ソ連軍の統治下に置かれ、元のオルガンを消失したカールスホルストの福音小教区教会に寄贈されることになったのである。
この日の18時から、オルガニストのエリエザー・カウシュケにより30分ほどの小さなクリスマスコンサートが行われた。最初の曲が始まると、典雅で柔らかい音が広がる。バッハの2曲のコラールのほかは、ヨハン・ゴットフリート・ヴァルター、ゲオルク・ベームなど、なじみのない同時代の作曲家の曲が並んだが、このオルガンの響きに浸るには最適だったかもしれない。ひょっとしたらアマリア王女も弾いていたレパートリーかもしれないと想像を膨らませてくれたからである。
18世紀半ば、ブランデンブルク門(といっても先代のもっと小さな門)からほど近い王女の宮殿で奏でられていたオルガン。歴史の不思議な因果により、ドイツの無条件降伏が調印された場所からもほど近い旧東ベルリンの小さな教会で、クリスマスを前にした地元の人の心に喜びを灯している……。
30分ほどの演奏が終わると、22のストップを持つオルガンを近くまで見に行った。その響きの余韻を感じながら、18世紀のベルリンに思いをはせた。
アマリア・オルガン
Amalien-Orgel
リヒテンベルク地区の福音小教区教会(Pfarrkirche Zurfrohen Botschaft)にあるオルガン。1755年にJ.P. ミゲントにより製作され、フリードリヒ大王から妹のアマリア王女に贈られた。教会ではこの特別なオルガンを使ったコンサートやワークショップも時々行われている。Sバーンのカールスホルト駅から徒歩10分ほど。
住所:Weseler Str. 6, 10318 Berlin
URL:www.amalien-orgel.de
CD「C.P.E. バッハ:オルガン・ソナタ集」(コープマン)
大バッハの息子カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714-1788)は、アマリア王女にレッスンを施したのみならず、王女に六つのオルガン・ソナタを献呈した。2014年に同作曲家の生誕300年を記念してリリースされたこのCDは、オルガンの名手トン・コープマンがアマリア・オルガンを弾いて収録された。往時の響きにじっくり浸れる1枚だ。