ベルリンの映画ファンに好きな映画館についてのアンケートをしたら、キノ・インターナツィオナールはきっと上位に入るだろう。東ドイツ時代から歩んできたこの歴史ある映画館が、昨年60周年を迎えた。今春から長期の改装工事に入ると聞き、もう一度あの空間で映画を観たいと思った。
3月下旬の土曜の夜、アレクサンダー広場から地下鉄U5に一駅乗って、シリングシュトラーセ駅に行く。地上に出ると、カール・マルクス・アレーのだだっ広い通りに映画館が宇宙船のように浮かんでいる。後ろを向くと、遠くのテレビ塔がその球体を赤く光らせていた。近過去のSF映画をも想起させる夜の風景が、日ごろ西側に住む私には新鮮だ。
キノ・インターナツィオナールの外観
キノ・インターナツィオナールは、通りを隔てた向かいのカフェ・モスクワと同じく、ヨーゼフ・カイザーの設計により生まれた。1963年11月のオープニングには、ヴァルター・ウルブリヒト国家評議会議長も臨席し、以来DEFA(東独の国策映画会社)の新作がプレミエ上映される花形の映画館として親しまれてきた。
正面には、この晩に観る話題の映画「関心領域」の大きなポスターが掲げられている。近くに寄って見ると、手描きの絵であることが分かる。毎回職人の画家によって描かれ、ドイツの映画館でも数少なくなった伝統が継承されているという。
入口からホワイエに行くと、天井の無数の照明が床に反射している。どこか懐かしさを覚える東独デザインだ。特に雰囲気が素晴らしいのは2階のバー。木目の壁と大きなガラス窓が向き合い、天井にはミラーボールとチェコスロバキアの工房で作られたというシャンデリアがつり下がっている。
ドリンク片手に歓談する人たちの様子を眺めていると、上映時間が近づいてきた。ネット予約で座席の指定をしているので、入るのは直前でよい(ちなみに、キノ・インターナツィオナールのようにベルリンのYorck グループに入っている映画館は、無料登録で1ユーロの早割が効くのでおすすめだ)。
上映前のパノラマバーの様子
「関心領域」は実はすでに一度観ているのだが、その時は赤ちゃん連れもOKの上映だったので、音量が小さめに設定されていた。今年のアカデミー賞音響賞を獲得した作品だけに、もう一度じっくり観たかったのだ。その点、1980年代からドルビーステレオの設備を備えるなど、音響効果も優れたこの映画館では過不足がなかった。ベルリンの映画館の中でも最大級を誇る、幅17.5メートルのスクリーンも迫力十分。
天井が波打つデザインの上映室を出ると、テレビ塔がにぶい光を放っていた。肌寒かったが、そのまま地下鉄で帰るのが惜しくて、アレクサンダー広場まで歩くことにした。キノ・インターナツィオナールは、この春から最低2年はかかるという大規模な改装工事に入る。ベルリンの中でも唯一無二の味わいを持つ映画館だけに、変わらぬ姿でまた楽しませてほしいものだ。
キノ・インターナツィオナール
Kino International
カール・マルクス大通りにある映画館。東ドイツ時代は、映画館のみならず、青少年クラブとしてコンサートやディスコ、朗読会なども行われる複合文化施設で、図書館も併設されていた。東独モダニズム建築の傑作として、1990年には文化財に登録された。現在もその特別な歴史と雰囲気から映画ファンの間で人気が高い。
住所: Karl-Marx-Allee 33, 10178 Berlin
電話番号: 030-322931322
URL: www.yorck.de/kinos/kino-international
映画「関心領域」
The Zone of Interest
ジョナサン・グレイザー監督の長編映画。アウシュヴィッツ強制収容所という地獄の隣で「幸せに暮らす」所長ルドルフ・ヘスとその家族をラディカルに描いた。カンヌ国際映画祭グランプリ、アカデミー賞国際長編映画賞と音響賞など、国際的な映画賞を総なめにした。日本公開は、2024年5月24日から。