森の向こうから現れたトラム87番線
ベルリンの路面電車といえば、多くの人はBVG(ベルリン交通局)が運営する黄色のトラムを思い浮かべるだろうが、旧東独のケーペニック地区に、それとはひと味違うトラムが走っているという。以前この連載で取り上げた「世界ベスト10に選ばれた絶景トラム」の続編として、乗ってみたいという気持ちがうずく。秋晴れの日曜日、ベルリンの東の郊外にあるラーンス ドルフに行こうと思い立った。
ベルリン中央駅から東にひたすら40分ほど、Sバーンのラーンスドルフ駅で降りると、駅前に1本の小さなホームがある。しばらく待っていると、森の木々を縫って、わずか1両編成のクリーム色の路面電車が現れた。「何だか『トトロ』の世界に出てきそう!」と、連れて行った妻ははしゃいでいる。確かに、ベルリンの外れとはいえ、21世紀にもなって走り続けているのが不思議に思えるくらい古色蒼然とした、しかしどこかかわいらしい電車である。
地元の人ばかり、わずかな乗客を乗せて、ヴォルタースドルフ電気軌道の87番トラムは発車した。電車はいきなり森の中を走る。年配の女性運転手が運転するトラムは、かなりの唸り声を上げて疾走する。長い森を抜けると、そこはもうブランデンブルク州。電車が停留所を発車する度に、「チーン」というベルが鳴らされる。これが結構大きな音で、静かな車内に響き渡る。やがて、レンガ造りの市庁舎や教会が構えるヴォルタースドルフの中心街を通り、ゆるやかな坂を上って行くと、終点のシュロイゼ(水門)前に到着した。所要時間20分弱の小さな旅だった。
ヴォルタースドルフの街中でさえ閑散としていたので、終点は一体どんな寂しいところだろうかと思っていたのだが、意外にも行楽客で賑わっていた。すぐ近くには、停留所の名前の通り、長さ65メートルの水門がある。カルクゼーとフラーケンゼーという2つの湖をつなぐ位置にあるこの水門は、創業1550年という古い歴史を持っているそうだ。
湖畔を少し散歩した後、岸辺にあるレストランの1つに入ってみた。オープンテラスの席に座ると、向こうに水門がきれいに見渡せる。ときどき船が横を通り過ぎ、湖水の赤信号の前で止まる。ほどなく先ほどまで車が通っていた橋がゆっくり上がっていった。やがてほぼ直角の高さにまで上がると信号は青に変わり、船は門をくぐっていく。
信号が青に変わると、船が水門をくぐっていく
のどかな光景だが、実はベルリンの歴史において要衝ともいえる場所だということを後から知った。この北側にリューダースドルフという石灰岩の産地がある。ベルリンのブランデンブルク門やオリンピックスタジアム、ポツダムのサンスーシ宮殿といった重要な建築は全てここの石灰岩で造られた。膨大な量の石灰岩を水路で市内に運ぶ際、必ず通ったのがこの水門だったのだ。
1850年当時、年間約1万5500隻もの船がこの水門を通っていたというが、それも過去の話。遊歩道には家族連れの笑い声が響き、紅や黄に色を変えた森の木々は、湖畔を美しく彩っていた。
ヴォルタースドルフ電気軌道
Wolter sdorfer Straßenbahn
ラーンスドルフからヴォルタースドルフを結ぶ、全長5.6キロの電気軌道。創業は1913年。ドイツで最小の電気軌道に属する。東独時代に製造された2軸単車の電車が今も活躍し、日中は10~20分おきに走っている。鉄道ファンでなくとも楽しめる路線だ。創業100周年を迎える来年の5月17 ~19日は、記念のお祭りが予定されている。
電話番号:03362-881230
URL:www.woltersdorfer-strassenbahn.com
リーベスクヴェレ
Restaurant Liebesquelle
カルクゼーの湖畔にあるレストラン。メニューはドイツ料理が中心で、フランクフルターというキレのあるピルスナーは美味。パーティー会場としても利用可能だそう。天気のいい日は、水門がよく見える湖畔のテラス席がお勧めだ。南側のフラーケンゼーの湖畔にも、雰囲気の良さそうなカフェやレストランが並んでいる。
営業:月~日12:00~22:00
住所:Brunnenstr. 2, 15569 Woltersdorf
電話番号:03362-5340
URL:www.restaurant-liebesquelle.de