少し前になるのですが、5月にハノーファーで推理小説に関する催し「クリミナーレ」(Criminale) が開かれました。ドイツ語圏の推理小説やミステリー小説の作家たちによる団体「シンディカート」(SYNDIKAT e.V.)が主催するイベントで、作家250人が大集合します。内輪の研修会と交流会を兼ねつつ、一般向けの朗読会もあり、多くの推理小説ファンが詰めかけました。1986年から毎年場所を変えて開かれており、ハノーファーでは今回が初めての開催でした。
この催しは、同団体800人の会員たちにとって年に一度の交流の場であり、情報収集や勉強の場でもあります。警察官や心理カウンセラーによる実際の現場の様子のレクチャーや、朗読CDの自主制作のコツ、出版社との交渉の仕方など、作家なら誰もが知りたいことについて講座が開かれるのだとか。最終日にはグラウザー賞の授賞式もありました。推理小説の先駆者であるスイス人フリードリヒ・グラウザー(1896-1938)にちなんだ賞で、会員の年会費から賞金が出て、かつ審査員も会員とアットホームな雰囲気です。
ポツナンスキさん(中央)の朗読会の様子
2日間の朗読会では、テーマごとに6~10人がグループとなり、各人が8分間の朗読をしました。出版済みの作品もあれば、発表前の新作、今回のためのオリジナルも。同じ時間に4グループが朗読するので、どれを聴きに行くか、ぜいたくな悩みとなりました。
私はオーストリア人作家のウルズラ・ポツナンスキが大好き。ポツナンスキは髪の長い迫力美人で、若者向け小説『Oracle』(未邦訳)を低い声で朗読する姿にはしびれました。最新技術やAI、未来社会をテーマにしたものが多く、これまで30冊ほど出版しており、日本語にも何冊か翻訳されています。どうやって物語が生まれるのかと質問すると、「インターネットや読んだものからヒントを得たり、疑問が生まれて調べているうちにアイデアが浮かんだりする」とのこと。年2冊のペースで出版しており、大体の筋書きとエンディングを思い付くと、5カ月で書き上げるそうです。
左から、作家のアンドレア・レヴァースさん、ヨーク・シュミットキリアンさん、クラウスマリア・デカントさん
会場にはたくさん作家がいて、ここにいる人たちはみんな物語を作り出しているのだと思うとぞくぞくしました。朗読会の合間には、作家とファンが自由に懇談しており、 ファンにとっては作家の素顔が見られるし、作家にとってはファンの反応が直接分かる貴重な機会だと感じました。
そもそも、このような団体や催しがあることさえ知りませんでした。広報担当のデカントさんによると、ドイツでは年間9万もの書籍が新規出版されており、そのうち3~5割は推理小説だとか。ファンタジーや恋愛小説など、ジャンルごとに作家団体があり、積極的に活動しているそうです。来年のクリミナーレはシュヴェツィンゲンで開催予定です。
日本で新聞記者を経て1996年よりハノーファー在住。ジャーナリスト、法廷通訳士。著書に『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか(学芸出版社)』、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿(光文社新書)』、『夫婦別姓─家族と多様性の各国事情(筑摩書房)』など。