ジャパンダイジェスト

ユダヤ人を追悼する「アーレム記念館」 生徒たちが生き証人の体験を作品に

ハノーファー北部に、ナチス政権下で抑圧されたユダヤ人を追悼する「アーレム記念館」があります。そこでギムナジウムの生徒たちが、生き証人のルート・グレーネさんの自叙伝をもとに制作した作品展「Visuelle Leerstellen」(視覚の間)が4月25日(金)まで開かれています。

アーレム記念館の外観アーレム記念館の外観

「アーレム記念館」の場所は、もともとユダヤ人のための園芸学校でした。しかしナチス政権によってここにユダヤ人が集められ、迫害され、その多くがドイツ内外の強制収容所に送られました。その歴史を忘れないようにと、現在は記念館として、歴史や民主主義を学ぶ場となっています。

グレーネさんは、1933年にハノーファーで生まれました。母親はキリスト教徒でしたが、父親はユダヤ人だったため、ナチス政権下で徐々に行動が制限されていきます。1938年11月9日、いわゆる「水晶の夜」で知られる反ユダヤ主義暴動の日、黒いブーツを履いた制服姿の男たちが訪れます。住まいの名義はユダヤ人でない母親の所有のため、ひどく荒されることはありませんでしたが、写真機や宝石、ラジオが奪われました。当時5歳だったグレーネさんは「私はまだ小さかったので、大きな長いブーツを見て、またブーツが立てる大きな音に恐怖を覚えました」と振り返ります。

展覧会で話をするルート・グレーネさん展覧会で話をするルート・グレーネさん

そんなグレーネさんの自叙伝の言葉や写真を元に、リマー・ギムナジウムの13年生の生徒たち17人が作品を作りました。生徒たちは完成した作品と共に、昨年6月に初めてグレーネさんと対面したといいます。

絵であったり、写真を加工したものであったり、各人の思いが作品に現れています。昔住んでいた住居の写真に白いペンで日常の生活を書き込んだものがあったほか、大きな木の絵もありました。その木は敗戦が濃厚となったときにドイツ軍が公文書などの書類を燃やした小屋のそばにあり、炎のために木の一部も焼けました。その小屋はユダヤ人の伝統的なお祭りの場所でしたが、そこがナチス政権下では殺戮の場となり、最後は燃やされたのです。

開幕式に訪れたリマー・ギムナジウムの生徒たち開幕式に訪れたリマー・ギムナジウムの生徒たち

2月末に行われた展覧会の開幕式で、グレーネさんは「皆さんの作品を見て、私が体験して感じたことが、目に見える形になっていると感激しました」とあいさつしました。そして「このようなことが二度と起こらないことを願います。皆さんには、すてきな子ども時代を送ってほしい」と話しました。

ナチスがユダヤ人にした残虐行為のためか、ドイツはイスラエルのガザへの攻撃を批判しません。戦争や迫害は、犠牲者の一生に大きな苦しみと悲しみを残すとグレーネさんは強調しました。それなのに、また同じことが地球上で繰り返されている。展覧会を通してその苦しみの一端を知ることは、戦争を止めなければという力につながるかもしれません。多くの人に見て、そして考えてほしい展示です。

田口理穂(たぐち・りほ)
日本で新聞記者を経て1996年よりハノーファー在住。ジャーナリスト、法廷通訳士。著書に『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか(学芸出版社)』、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿(光文社新書)』、『夫婦別姓─家族と多様性の各国事情(筑摩書房)』など。
 
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