私はキールのオペラハウスで時々、エキストラの合唱団員としてオペラの舞台に立たせてもらっています。先日、ある公演に参加する機会があり、その日もいつものように楽屋入りしたのですが、部屋に入った途端、何だか閉塞感のようなものを感じました。よく見ると、部屋の窓という窓すべてが厚紙で塞がれていて、全く外が見えないのです。「工事でも始まったのかな?」と思ったら、オペラハウスの建物のファサード全体が、何と芸術作品に変身していたのでした!
キールのオペラハウスの横には、練習室などが備わった黒ガラスのファサードを持つ建物が隣接しています。そのファサードに目を付けたのは、地元ムテシウス美術大学(Muthesius Kunsthochschule)の学生で、コミュニケーション・デザインを専攻するグレータ・グレットループさん。彼女の卒業制作として製作された「Lucent Lines」(光り輝く線)というタイトルのこの作品は、ファサードの壁一面(約200㎡)をスクリーンとして、バレエのビデオを映し出すというもの。普段見慣れているファサードが、いったいどんな芸術作品に変わるのかと、興味を持った私は翌日の夜、早速観に行ってみました。
夜景に美しく映えるキール・オペラハウス
遠くから見ると、黒ガラス張りのファサードのうち、スクリーンと化した窓ガラス部分だけが時に青く、時に白く、真っ暗な空間に浮かび上がって見え、とても幻想的な雰囲気を醸し出していました。近付いてみると、独特な音楽のリズムに合わせてファサードに舞うバレエダンサーたちの姿が。特に面白いと思ったのは、56枚の窓ガラスにダンサーたちの身体が切れ切れに映し出されることで、まるで倍以上の人数で踊っているように見えたことです。
私の目はダンサーの白く、そして区切られて映し出される身体のその先を追っていたのですが、そうして観賞しているうちに、もしかして作品タイトルの「光り輝く線」とは、スクリーンに映される映像そのものではなく、それを見ている人自身が自分の中で描くイメージなのかもしれないと思いました。とにかく作者の発想、目の付け所に感心させられる作品でした。その夜は冷え込んでいたにもかかわらず、オペラハウスの前を通りかかる人が皆しばし立ち止まって、見慣れた街中に突如現れたこの作品に目を奪われていました。
昨年11月末の4日間だけ観ることができたこの作品は、以下のホームページで一部鑑賞することができます。
ファサードに映し出される「Lucent Lines」
福岡出身。2005年に渡独。夫と娘との3人家族。キール・フィルハーモニー合唱団所属の音楽好き。最近凝っているのは家庭菜園。