北ドイツに住んで約40年になりますが、最近ようやく、冬のどんよりとした景色が美しいと思えるようになってきました。冷たい風が吹くエルベ川岸から見える景色は、水面も空の色も重たい灰色で、鬱々とメランコリックですが、2月になると、灰色の曇り空から微かに太陽の光が射す日も多くなって、春の訪れが感じられます。「Weite und Licht」(広がりと光)という展覧会のタイトルを見て、まず浮かんだのは、そんな初春のエルベ川の景色でした。
カ-ル・クルツ「クックスハーフェンの海の標識」
1950年代、北ドイツ放送局(NDR)は、北ドイツの文化と芸術の促進と作家達の支援のために、北ドイツゆかりの作品の収集を始めました。そして1998年以降、このコレクション「Weite und Licht」を定期的に北ドイツのさまざまな地で展示しています。
今回私が訪れた展覧会は、「Weite und Licht 北ドイツの風景画、昔と今」という展示タイトルのもと、3月16日(日)まで開催中。会場は、エルベ川沿いの、とびきり美しいお屋敷が立ち並ぶ「エルプショゼー」通りにあるエルプシュロスギャラリー。NDRのア-トコレクションの19世紀後半~20世紀の芸術家たちと、ブランケネーゼ芸術協会に所属する現在活動中の作家たちによる油絵、水彩画、アクリル画、リトグラフなどが展示されており、それぞれ多彩な技巧と表現で北ドイツの風景画の過去と現在の変遷を辿っています。カール・シュミット・ロットルフ、カール・クルツなど表現主義の画家や、ホルスト・ヤンセン、ギュンター・グラスなど、65人の作家による100点あまりの作品が観られます。
エルプシュロスギャラリーの長い廊下に展示されています
「エルベ川の畔」(1907)という作品を描いたカール・シュミット・ロットルフは、退廃芸術作家とされ、ナチスに迫害されました。彼は夏の休暇に好んで北海やバルト海で過ごし多くの風景画を描きました。カール・クルツは、1923年にハンブルクに移住し、以来ハンブルクは第2の故郷に。ハンブルクの芸術家グル-プに属し、ナチスの迫害の中を何とか生き延び、戦後はハンブルク芸術大学で教えながら芸術活動を続け、この地で亡くなりました。「あ、この風景見たことある!」と思わず見入ったのは、イボ・ハウプトマンという作家の絵で、このギャラリーのすぐ近くの「Teufelsbrücke」という船着き場の風景です。彼は1913年にハンブルクに移り住み、エルベ川やアルスター湖、港の風景にインスピレーションを受けたそうです。後にハンブルク芸術大学の名誉学長になりました。
イボ・ハウプトマン「Teufelsbrücke
このギャラリーは、老人ホ-ム内にあるので、居住者の方々も訪れていました。車椅子の上品な感じのご老人が、介護士の方とゆっくりと絵を見ていました。「おお、この絵の風景は昔と変わらない! 私が若かったとき……」と、静かな会話が耳に入ってきました。
展覧会「Weite und Licht」:www.elbschloss-residenz.de/veranstaltungen
ハンブルグ郊外のヴェーデル市在住。ドイツ在住38年。現地幼稚園で保育士として働いている。好きなことは、カリグラフィー、お散歩、ケーキ作り、映画鑑賞。定年に向けて、第二の人生を模索中。