ドイツで初めての冬を迎えています。日照時間が少ないと体に良くないと聞きましたが、具体的にどのような問題があるのでしょうか。
ドイツの冬の日照時間
日照時間(Sonnenscheindauer)とは、影がやっとできる程度(1平方メートル当たり120ワット)以上の直射日光のある時間です。日の出から日没までの可照時間とは異なります。12月の日照時間は、東京では平均166時間であるのに対し、デュッセルドルフでは平均40時間(図1)。東京のわずか4分の1です。ちなみにドイツで最も日照時間が短かったのは、テューリンゲン州の山間部で1965年12月に観察された0時間です。
太陽光は健康の源
地球上に生命が誕生してから今日に至るまで、太陽のエネルギーは私たちに大きな恵みを与えてくれています。そのため、私たちの体の中には太陽光と関連する生命活動に欠かすことのできないメカニズムが組み込まれています(表1)。
● くる病・骨軟化症
● 冬季うつ
● 肺結核の治療効果
● 1型糖尿病の発症頻度
太陽光(紫外線)とビタミンD
脊椎動物の骨(カルシウム)の形成と維持に欠かせない栄養素がビタミンDです。私たちヒトは、ビタミンD3の多くを紫外線を浴びた皮ふで作っています。ほかには、シイタケなどキノコ類から出来るビタミンD2、サケやマグロなどから出来るビタミンD3を食すことでビタミンDを得ています。
ビタミンD不足の人が増加中
ドイツの男性1763名、女性2267名を対象としたキール大学の調査で、男性の57%、女性の58%にビタミンD不足がみられました。65歳以上の女性に限ると75%にも上ります(2007年の欧州臨床栄養誌)。長野県に住む平均年令65歳の女性486人を対象とした日本の調査でも、全体の55%にビタミンD不足の状態がみられています(2003年の神戸薬科大学と成人病診療研究所の報告)。
ビタミンDが足りないとどうなる?
ビタミンDは肝臓で代謝された後、さらに腎臓で「活性型ビタミンD」に変換され、ホルモンとして働きます。この活性型ビタミンDが不足すると、小腸からのカルシウムの吸収が悪くなり、骨の形成と維持に支障が生じます。幼少児のビタミンD不足の代表的な病気が「くる病(Rachitis)」で、成人では「骨軟化症(Knochenerweichung)」、年配者では「骨粗しょう症(Osteoporose)」や骨折の原因になります。
ビタミンD剤の服用の効果は?
骨粗しょう症の治療には、活性型ビタミンD製剤が用いられます。また、骨粗しょう症のない閉経後の健康な女性が、将来の骨折予防のために少量のビタミンDとカルシウム剤を服用することがあります。しかし、これに対しては今夏、米国予防医療専門委員会(USPSTF)が「骨折を予防できるという十分な証拠はなく、服用は勧められない」との声明を出しています。
「冬季うつ」とは?
空がカラッと晴れ上がった日はウキウキするのに対し、どんよりとした寒い日には気分もスッキリしません。冬になると毎年気分の落ち込みが大きく、うつ病に似た症状を呈する人もいます。「冬季うつ(Winterdepression)」、または季節性感情障害と呼ばれるもので、気分の落込みは10〜11月頃に始まり、3月頃には自然に治ります。20〜40歳の比較的若い女性に生じやすいとされています。
過眠と過食が特徴的
気分が落ち込み、無気力になる。集中力が低下し、普段慣れた仕事をするのに時間が掛かる。人付き合いが億劫になるなどのうつ様の症状に加え、「いつも眠い」「食欲が増し、甘い物や炭水化物を欲する」といった特徴が加わります(表2)。
● 十分眠ってもまだ眠い(過眠)
● 甘いものや炭水化物を食べる(過食)
● 生きがいを感じない
● 面白くない、興味がわかない
● 仕事が手につかない、根気がない
● 不安感、イライラ感
冬季うつの原因は?
日照時間が関係していると考えられ、緯度が高い地域ほど多くみられます。網膜に当たる太陽の光量が減ると、脳の神経伝達物質であるセロトニンの合成も減り、それがうつ症状の発現に関与すると言われています。また、私たちの睡眠のリズムを調整している脳の松果体ホルモン、メラトニンも日照時間が短くなると分泌が増え、睡眠を助長します。寒く暗い冬の期間は、冬眠とまではいかなくても、活動を停滞させてエネルギー消費を抑えるようにできているのかもしれません。
治療は光線療法
冬季うつの治療には「光線療法(Lichttherapie)」が効果的です。多くの場合、2500〜1万ルクスの強い光を数十分〜1、2時間、特に朝方に浴びることで症状の改善がみられます。これらは自宅でも簡単にできる対処法で、例えば電機メーカーのフィリップスからは自宅用の光線療法機器(EnergyLicht®)や、徐々に明るくなり、起床時間に最大になる光の目覚まし時計(Wake-up Light®)も販売されています。
日照時間やビタミンDに関わる その他の病気
ビタミンDはカルシウムの代謝だけではなく、免疫機能やその他の病気とも関係があることが分かってきました。
ビタミンDと糖尿病
血糖を調節するインスリン分泌が失われる子どもの1型糖尿病の発症は、北欧など高緯度地帯に多く、かねてから日照時間・ビタミンD・牛乳の摂取量などとの関係が疑われてきました。これらハイリスク地域の子どもへのビタミンD補充が、1型糖尿病予防に役立つ可能性が示されてきています(イギリス医師会雑誌2008年のメタアナリシス)。最近では、インスリン抵抗性の増加が原因で発症する大人の2型糖尿病についても、ビタミンDの関与が示唆されてきています。
日光浴と結核の治療
長年、肺結核の療養になぜ日光浴(Sonnenbad)が有効なのか分かっていませんでした。しかし、結核患者は血中ビタミンD値が低いこと、ビタミンDの補充療法で治療効果が促進されること、結核菌と闘う白血球の機能にビタミンDの存在が大切なことなどが分かってきました。日光浴が免疫力を高めるとすれば、理解しやすくなります。
多発硬化症(MS)
多発性硬化症(Multiple Sklerose、MS)は、日本では特定疾患に指定されている原因不明の希な神経疾患です。高緯度地域ほど発症が多く、多発性硬化症患者の血中ビタミンD濃度が低いことから、ビタミンDの関与も示唆されています。
がんに対して
ビタミンDに、がんの抑制効果があるという報告がある一方で、効果はなかったとする報告もあります。検証が期待されている分野ですが、 米国予防医療専門委員会(USPSTF)は「ビタミンDの少量服用のがんへの効果はまだ根拠に乏しいので、服用は勧められない」との声明を出しています(2012年夏)。
ビタミンD投与とインフルエンザ
6〜15歳の学童334人を対象とした日本の研究では、ビタミンD3製剤を12月から4カ月間服用した子どものインフルエンザ発症率は10.8%(167児童中18名)、偽薬を服用した子どもでは18.6%(167児童中31名)だったという興味深い報告があります。統計的な差はそれほど大きくなかったので、今後の検証研究が待たれます。
冬だからこそ日光浴が大切
今年は、12月21日に夜が1年で最も長くなる冬至(Wintersonnenwende)を迎えます。どうしても暖かい屋内に閉じこもりがちな季節ですが、ビタミンD不足を防ぐには、週に2回30分、もしくは毎日10〜15分間(環境省の紫外線環境保険マニュアル2008、ほか)、顔や手の皮ふに直射日光を当てる程度で十分とされています。ドイツでは、真冬でも晴れれば外へ散歩に出掛ける人を多く見かけますよね。日光に当たることが、最も効果的なビタミンD補給法と言えます。