ジャパンダイジェスト

選挙公約はここが違う! CDU・CSUと緑の党

6月21日、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のアルミン・ラシェット氏とマルクス・ゼーダ―氏の両党首は、9月の連邦議会選挙へ向けたマニフェストを公表した。約140頁のマニフェストには「安定と更新のためのプログラム」という題名が付けられ、6月13日に緑の党が公表したマニフェストと大きく異なる。CDU・CSUはザクセン=アンハルト州議会選挙以来、支持率が上昇しつつあるが、同党は選挙公約の中で緑の党との違いを鮮明に打ち出し、回復傾向をさらに強めることを狙っている。

6月21日に記者会見を行った、ラシェット氏(左)とゼーダー氏(右)6月21日に記者会見を行った、ラシェット氏(左)とゼーダー氏(右)

「ドイツ変革」と「現状維持」の対決

政権入りを目指す緑の党の最大のテーマは、政治・経済のあらゆる側面にエコロジー、つまり環境保護の精神を浸透させることだ。特に地球温暖化に歯止めをかけるために、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス(GHG)排出量を大幅に削減することを最も重視している。そのために、緑の党はさまざまな禁止措置や具体的な数値目標を含む、大胆な政策を公約した。

これに対しCDU・CSUのマニフェストを読むと、「メルケル政権の政策の継続」という印象を受ける。緑の党のような大胆で具体的な施策をあえて打ち出さないことによって、「2005年以来政権に参加していない緑の党に、権力を与えるのは危険だ」というメッセージを世間に発信している。つまりラシェット首相候補は、「環境保護主義者に政権を担当させるという冒険はやめて、政治のプロであるわれわれを選んだ方が良いですよ」と国民に訴えているのだ。

気候保護政策に大きな差異

両党の違いが最も鮮明に表れているのが、気候保護政策だ。緑の党はメルケル政権の現在の政策について、「気候変動にブレーキをかけるには不十分」と見ており、さまざまな強化措置を公約した。例えば、現在ドイツ政府は2030年のGHG排出量を1990年比で65%減らすことを目標にしているが、緑の党はこの削減幅を70%に拡大する。同党は石炭・褐炭火力発電所の全廃を8年早めて2030年に実施するほか、2030年以降、内燃機関を使った新車の販売を禁止する方針だ。さらに緑の党は、高速道路の全区間で最高速度を時速130キロに制限するほか、国内の旅客機の短距離便を禁じることも公約している。

特に激しい議論の的になっているのが、車や暖房の燃料に今年からかけられている炭素税の大幅な引き上げだ。現行規定によると、炭素税は現在の1トン当たり25ユーロから4年後に55ユーロに引き上げられ、2026年以降は入札によって決められる。入札の最低価格は55ユーロ、最高価格は60ユーロである。炭素税収入は、電気料金に含まれている再生可能エネルギー賦課金や電力税の廃止などによって、市民に還元される予定だ。

今の法律によると、2023年の炭素税は1トン当たり35ユーロだが、緑の党はマニフェストに「2023年の炭素税を60ユーロに引き上げる」と明記した。同党のべアボック首相候補は、「2023年にはガソリンは1リットル当たり16セント、ディーゼル用の軽油は18セント高くなる」と認めている。これは市民の「化石燃料離れ」を加速するための、意図的な施策だ。緑の党は「将来、内燃機関の車に乗っていると出費が増えるので、電気自動車に乗り換えるか、公共交通機関を利用するべきだ」というメッセージを送っているのだ。

だがこの政策は、多くのドイツ市民にショックを与えた。読者の皆さんもご存知のように、ドイツ人の多くは倹約家である。大都市では家賃が高いので、郊外に住んで毎日マイカーで通勤している人が多い。彼らにとって、燃料価格の高騰は可処分所得の減少を意味する。緑の党は、マニフェストに「再生可能エネルギー賦課金を減らす」と記しているものの、炭素税収入をいつどれだけ市民に還元するのかについて、具体策を明示していない。

緑の党のエネルギー政策の概要が公表され始めたのは、5月後半以降。6月10日にARDが公表した世論調査の結果によると、緑の党の支持率は前月に比べて6ポイントも減った。CDU・CSUの支持率は逆に5ポイント増えている。論壇では、緑の党の支持率が減ったのは、べアボック党首の臨時収入の申告漏れや党のウェブサイトの経歴の記入ミスだけではなく、2023年の炭素税の大幅引き上げも影響しているという見方が出ている。

CDU・CSUは具体的な数値目標をあえて明記せず

これに対しCDU・CSUはマニフェストに「炭素税の上昇の度合いを整理する」と記しただけで、具体的な数値は明記しなかった。また内燃機関を使う新車の禁止時期を明記せず、脱石炭の時期の前倒しや、高速道路の速度制限は拒否した。つまりCDU・CSUはあえて気候保護政策の細部を公表しないことによって、「わが党は、さまざまな禁止措置によって市民の生活を制限しない」というイメージを生もうとしている。

同じことは税制についてもいえる。緑の党は所得格差を減らすために、所得税の最高税率を45%から48%に引き上げ、富裕税を復活させると公約した。CDU・CSUは「増税は行わず、経済成長によって財源を増強する」と訴えている。「ドイツを変えよう」というスローガンを掲げて、野心的な数値目標を打ち出した緑の党と、現状維持を目指して政策の細部を霧の中に包んだCDU・CSU。9月26日の投票日に、有権者はどのような審判を下すだろうか。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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