メルケル政権が、「2022年の末までに原子力を完全に廃止する」と今年6月初めに閣議決定したことは、日本でも大きく報じられた。
私は5月末から6月中旬まで日本に出張して6回の講演を行なったのだが、「ドイツの脱原子力と再生可能エネルギー拡大政策」をテーマにした講演に対する反響が一番大きかった。東京滞在中にTBSからメールが来て「ドイツの原子力廃止と再生可能エネルギーについて生放送の中で解説してくれ」と依頼されたので、スタジオで1時間半この問題について話した。ドイツのエネルギー問題について、日本のマスコミがこれほど強い関心を示したことは、これまで一度もなかった。多くの日本人の頭の中に、福島第1原発の事故をきっかけとして、「ドイツは、なぜ脱原発に向けて猪突猛進しているのか?」という問いが湧き上がっていることを強く感じた。
それにしても、メルケル首相の変わり身は早かった。元々原子力擁護派だった彼女は「福島の事故によって、原子力のリスクについての考え方を変えた」とあっさり「転向宣言」を行なった。「このまま原子力に固執していたら、緑の党にさらに票を奪われる」という政治家としての勘が働いたのだろう。
さらにメルケル氏は、「今回の決定は2002年にシュレーダー政権が決めた脱原子力合意の真似だ」と言われないように、赤緑(SPDと緑の党の連立)政権よりも1歩踏み込んだ。2002年の合意では、すべての原子炉の「残余発電能力」が2.62ギガワット時と決められ、原子炉ごとの運転期間は最長32年間に制限された。この方式だと、原子炉が定期点検などのために停止している期間は、32年間から差し引かれるので、最終的に原子炉が停止する時期が徐々にずれ込んでいく。このため、原子炉が廃止される年を最終的に確定するのが難しかった。
ところがメルケル政権は、「2022年末には、発電能力が残っていても最後の原子炉のスイッチを切る」として、廃止の最終期限を確定した。シュレーダー政権に差を付け、「環境保護を重視するキリスト教民主同盟(CDU)」というイメージを有権者に与える狙いが感じられる。いずれにせよドイツ人は、原子力のリスクは大き過ぎると考えて、先進工業国として初めて原子力・石炭への依存から脱却して再生可能エネルギーを急拡大させる方向に舵を切った。
日本の状況はどうだろうか。東京滞在中、地下鉄の駅や電車の中で電灯が消されて普段よりも薄暗くなり、夜のネオンサインも消されているのに気付いた。ビル内では冷房の設定温度が高くなっているので、かなり蒸し暑かった。駅などに東京電力の発電能力と、ピーク時の需要を比較したグラフが表示されている。地震や津波 の影響で多くの原発や火力発電所がストップしているが、電力需要がピークに達する真夏に、東日本で大規模な停電が起こらないかどうか心配する声も聞いた。
一方、福島第1原発からは今も放射性物質が放出され続けている。このため子どもを持つ親の間では不安が高まっており、政府に頼らずに自分たちで放射線量を測る動きが目立っている。原発がある県では、定期点検で止まっている原発の再開を知事が拒否する動きがあるが、菅政権は「電力不足を避けるために、運転を再開して欲しい」と要請している。地震で被害を受ける危険が高いとされる静岡県の浜岡原発は停止されたが、それも防潮堤が完成するまでの間だけだ。ドイツと違って、島国日本は電力を外国から輸入できない。福島の事故を機に、長期的なエネルギー政策をどう変えていくのか。国民を巻き込んで徹底的な議論が必要なのではないだろうか。
1 Juli 2011 Nr. 874