Hanacell

なでしこ優勝と日本

7月17日にフランクフルト・アム・マインで行なわれた女子サッカーワールドカップ決勝戦で、日本は米国を下して優勝した。正に歴史的な快挙である。今回の優勝は、日本女性の強さを世界中に示した。ドイツでこの試合をリアルタイムで観て、感激した読者の方も多いのではないだろうか。

私は決勝戦の翌日に多くのドイツ人から「おめでとう」とか「素晴らしいプレーを見せた熊谷選手はあなたの親戚ですか?」と声を掛けられた。ドイツ・チームは、7月9日に日本と対戦して敗れた時、茫然自失の様子だった。市民たちも意気消沈していた。しかし優勝後、普段はお堅いフランクフルター・アルゲマイネ紙が、珍しく第3面になでしこの優勝に関する記事を掲載し、「日本では草食系男子が増えている一方、肉食系女子が台頭しつつある」と論評した。

なでしこの優勝は、多くの日本人が抱えている憂鬱(ゆううつ)な気分を、いっとき忘れさせてくれる一陣の涼風となったに違いない。確かに日本では3月11日以来、大変な日々が続いている。

ドイツのマスコミはほとんど伝えなくなったが、東日本大震災と福島第1原発事故の影響は、今なお祖国日本に重くのしかかっている。警察庁の調べによると、死者数は7月19日の時点で1万5592人、行方不明者は5070人に上る。被災者の苦労は今も続いている。津波で家族を失った悲しみは察するに余りあるが、重荷はそれだけではない。多くの人々が住む場所や財産、仕事を失い、途方に暮れてい る。家は流されてローンだけが残った人も少なくない。厳しい暑さの中、今も多くの人々が避難所での不便な生活を余儀なくされている。

最近被災地を訪れたジャーナリストは、若い頃に働いた岩手県の町が消滅したことに衝撃を受けただけではなく、震災から4カ月以上経っているのに復興が進んでいないことにショックを受けたという。今年5月の時点では日本赤十字が集めた義捐金の内、実際に被災者の手に渡ったのは20%にすぎないというニュースも伝えられた。義捐金を配布する地方自治体が混乱しているためだ。

わが国で初めて「レベル7」の過酷事故を起こした福島第1原発からは、今なお放射性物質が放出され続けている。電力会社の工程表通りに作業が進んでも、原子炉の温度が100度より低くなって安定する「冷温停止状態」になるのは、早くて来年の1月だ。今年5月に日本に行って、テレビや新聞が天気予報のように「本日の放射線量」を県ごとに伝えているのを見た。東京や千葉では幼い子どもを持つ市民の一部が、政府の情報を信用できず、線量計を借りるなどして独自の測定を始めている。最近では肉牛から放射性セシウムが検出された。

この国難に際して、日本政府は混乱の極みにある。7月中旬の時点で内閣支持率は16%台にまで下がった。首相は経済産業大臣や産業界と十分に協議しないまま、脱原発や再生可能エネルギー拡大の方針を発表し、政府部内で孤立している。復興担当大臣が現地を視察した時に、自治体の首長や被災者の心を傷付けるような乱暴な言葉を使い、辞任するという事態もあった。本来ならば国が一丸となって被災者の救済と復興に力を集中させるべきであり、政府内で足の引っ張り合いをしている時ではない。

なでしこの快挙は、日本人の底力を全世界に証明した。日本政府はこれにならって震災・福島原発事故の対策に全力投球してもらいたい。

29 Juli 2011 Nr. 878

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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