ジャパンダイジェスト

再生可能エネルギー助成をめぐる激論

福島の原発事故をきっかけとして、2022年までに原子力発電所を全廃することを決めたドイツ。メルケル政権は、2050年までに発電量の80%を再生可能エネルギーでまかなうことを目指しているが、今この国では、再生可能エネルギーの助成をめぐって激しい議論が行われている。アルトマイヤー環境相は今年1月28日に、再生可能エネルギー促進法(EEG)の大幅な見直しを打ち出した。

助成金の引き上げ率を制限

アルトマイヤー環境相は「EEGにはコストを制限する措置が組み込まれていないという欠陥がある」と指摘し、今年と来年の再生可能エネルギー助成金を、1キロワット時当たり5.28セントに据え置くことを提案した。2015年以降の増加率も2.5%に制限する。また「コストが消費者だけに押し付けられるのは不公平」として、発電事業者にも負担を求め、将来建設される発電施設については助成金の支払い開始を遅らせることによって5億ユーロを節約。既存の発電施設についても、助成金を一時的に減らして「エネ連帯税」を課す。

また現在、政府は電力を多く使う大手鉄鋼・化学メーカーなどが国際競争力を失わないように、EEG助成金の緩和措置を認めている。しかしこの特例についても、中小企業や市民から批判の声が出ているため、緩和を受けられる企業の数を減らす。

さらに2月13日に、アルトマイヤー環境相とレスラー経済相は、エコ電力の買取価格を引き下げ、助成金を総額18億6000万ユーロ節約することを発表した。まず政府は、今年8月1日以降に稼働する発電装置について、最初の5カ月間にわたり、買取価格を市場での電力価格まで引き下げる。稼働から6カ月目以降についても、買取価格を1キロワット時当たり8セントに削減する。再生可能エネルギーへの投資を考えている企業や市民にとっては、寝耳に水であろう。

国民の不満の緩和が狙い

アルトマイヤー環境相は、「今対策を取らなかったら、2030年末までに脱原子力・再生可能エネ拡大のコストが総額1兆ユーロに達する」と警告。野党である社会民主党(SPD)と緑の党に対し、改正案の可決を妨害しないよう訴えている。ただし、これらの措置は市民の不満を和らげるための応急措置にすぎない。環境相は、「EEGの抜本的な改正が必要」としており、9月の連邦議会選挙で与党が勝った場合、より踏み込んだ法改正を実施する予定だ。

なぜこのような措置が必要になったのだろうか。昨年、この国では太陽光発電装置が多数設置されて、発電キャパシティーが7ギガワットも増えた。昨年の1キロワット時当たりの再生可能エネルギー助成金は3.59セントだったが、今年の助成金は5.3セントに増える。実に47%の増加である。このため約600社の電力販売会社が、今年1月から電力料金を平均12%引き上げている。電力料金の引き上げは、低所得層にとって大きな負担となる。ノルトライン=ヴェストファーレン州の消費者センターによると、2011年に同州内で約12万人の市民が電力料金を支払えずに、一時的に電気を止められた。

助成金急増のメカニズム

助成金急増のもう1つの理由は、EEG助成金が、法律で定められたエコ電力の買取価格と電力取引市場での価格の差を補てんすることだ。現在、ドイツの電力取引市場では再生可能エネルギーの拡大などによって、電力価格が下落しつつある。エコ電力の買取価格と市場価格の差が広がれば広がるほど、その差を埋めるための助成金の額は増えるのだ。アルトマイヤー環境相は、「助成金が市場価格にリンクしているために、将来助成金の額がどれだけになるかを正確に予想することができない。エネルギー革命が国民経済に過大な負担を強いることは許されない」と主張する。

反発する再生可能エネルギー業界

これに対し、風力発電などの再生可能エネルギーに関連する企業団体は激しく反発している。再生可能エネルギー連邦連合会(BEE)のファルク専務理事は、「助成金の額を調整することには賛成だが、再生可能エネルギー拡大にブレーキを掛ける極端な削減措置は拒絶する」という声明を発表した。BEEは、「政府の提案が実行されたら、再生可能エネルギーへの投資が大幅に減り、地球温暖化防止に歯止めが掛かる」と警告する。再生可能エネルギー業界は、助成金を削減する前に電力税などの引き下げを提案している。

連邦議会選挙までの施行に失敗

政府は再生可能エネ促進法の改正案を、今年夏までに議会で可決させ、8月1日に施行させる方針だった。9月の連邦議会選挙までに、国民の電力料金高騰への不満を和らげるためである。しかし4月下旬、メルケル政権はこの法案に関する連邦政府と州政府の協議が決裂したことを明らかにした。連邦参議院では、SPDと緑の党が議席の過半数を占めている。つまり、州政府の同意が得られなければ、この法案を連邦議会・参議院で審議にかけても意味がないのだ。このため、連邦議会選挙までにEEG見直しのための法律を施行するというメルケル政権の目論見は失敗に終わった。今後与野党は、選挙戦の中で電力料金高騰の責任をお互いになすりつけ合うに違いない。世界でも例のないエネルギー供給構造の急激な変革「Energiewende」には、紆余曲折がありそうだ。

7 Juni 2013 Nr.955

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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