読者の皆さんの中には、ドイツ各地を旅行された際に、地平線を埋め尽くすように白い風力発電のプロペラが林立している光景や、原野にびっしりと太陽光発電のためのモジュールが設置されている様子をご覧になった方も多いのではないだろうか。
シュレーダー政権が2000年に本格的に始めた再生可能エネルギーの拡大政策の結果、今年6月には風力や太陽光など自然の力による電力の比率が、発電量の25%に達した。原子力発電所を廃止し、二酸化炭素の排出量を減らすため、2050年までに発電量の80%を再生可能エネルギーによって賄うというドイツ政府の計画は、一見順調に進んでいるかに思える。
しかしドイツでは今、再生可能エネルギーの助成をめぐって激しい議論が行われている。その最大の原因は、電力消費者が負担する自然エネルギーへの助成金が来年急増することがわかったためである。
現在、1キロワット時当たりの助成金は3.59セント(3.59円・1ユーロ=100円換算)である。だが、10月中旬にドイツの送電事業者4社は、来年の助成金が5.3セント(5.3円)に増えると発表した。実に47%もの増加である。各家庭が毎年負担する助成金は、現在の約125ユーロ(1万2500円)から約185ユーロ(1万8500円)に増えることになった。
助成金が急増する原因は、いくつかある。その1つは、昨年、発電事業者たちが急ピッチで太陽光発電施設を設置したために、発電キャパシティーが1年間で7500メガワットも増えたこと。これは過去最大の増加量である。さらに、送電事業者が発電事業者に払う再生可能エネルギー助成金の額が、送電事業者が消費者から集める料金を大幅に上回り、赤字が拡大したこと。もう1つは、鉄鋼やアルミニウムなど、電力を大量に消費する企業の中で、再生可能エネルギーの助成金の減額措置を受ける企業が増えたこと。政府は、これらの企業が経済競争力を失わないように、助成金を大幅に減らす特例措置を認めている。
メルケル首相は昨年6月に、「1キロワット時当たりの助成金は3.59セント前後から上昇しない」と約束していた。つまり、メルケル氏は公約を守れなかったことになる。首相は今年9月の記者会見で「再生可能エネルギー促進法(EEG)に基づく助成金が、これほど急激に増加するとは予想できなかった。どの専門家の報告書も、このような伸びを予測していなかった」と述べ、助成金、さらには電力価格の上昇率を過小評価していたことを告白した。
電力料金の上昇は、低所得層にとって大きな問題になりつつある。ノルトライン=ヴェストファーレン州の消費者センターによると、昨年同州では12万人の市民が電力料金を支払うことができず、一時的に電気を止められた。連邦消費者センター連盟のホルガー・クラヴィンケル氏は、「電力料金の急激な上昇は、大企業と違って助成金の緩和措置を受けられない低所得者や中小企業にとって最も大きな負担となる。政府は、現在1キロワット時当たり2セントの電力税(環境税)を廃止するか、現在19%である付加価値税を、電力については7%に引き下げるべきだ」と訴えている。
連立政権のパートナー、自由民主党(FDP)のフィリップ・レスラー党首は、電力税だけでなく、EEG自体も廃止するよう求めている。FDPは、再生可能エネルギーによる電力の全量買取制度を撤廃して、発電事業者に対して再生可能エネルギーの最低比率を義務付けるクォータ(固定枠)制度を導入するよう提案している。発電事業者に、発電量の一定割合を再生可能エネルギーにするよう義務付ければ、発電事業者は最もコストが低い方法で最低比率を達成しようとするので、消費者の負担が少なくなるという発想だ。
FDPの主張には一理ある。2012年にEEGに基づいて再生可能エネルギーの助成に投入される金額は、140億ユーロ(1兆4000億円)に上る。この内の50%が太陽光発電の助成に使われているが、太陽光が発電量に占める割合は、まだ5%前後にとどまっている。以前からドイツの電力業界や経済学者の間では、「ドイツのように日照時間が短い国で、太陽光発電に多額の助成金を注ぎ込むのは効率が悪い」という批判が強かった。来年は連邦議会選挙があるので、FDPは「消費者と中小企業の利益を守る」という立場から論戦を展開しているのだ。
メルケル政権は、電力料金の高騰を防ぐべく、EEGを大幅に見直す方針を発表。だがアルトマイヤー環境相は、「電力税を廃止したら、省エネ意欲が減退する」として、FDPや消費者センターの提案を拒否。その代わりに、市民が無料でエネルギー節約に関するアドバイスを受けられる制度をスタートさせた。ドイツ政府が脱原子力と再生可能エネルギーの拡大という大原則を変えることはないが、来年の総選挙へ向けてエネルギー革命のコストが、争点の1つになる可能性はある。
2 November 2012 Nr. 941