昨年9月に発覚したフォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正は2015年の同社の業績に深い爪痕を残し、VWは創業以来最大の赤字を記録した。2016年4月22日、VWのミュラーCEOは2015年12月期の業績を発表した際に、「排ガス不正は、我が社に非常に大きな経済的負担をもたらした」と述べ、VW史上最悪のスキャンダルが、業績の大幅な悪化につながったことを認めた。
ハンス・ディーター・ペッチュ監査役会会長と、
VWのマティアス・ミュラーCEO(右)
排ガス不正対策費用を増額
VWの本業からの儲けを示す業務利益は、2014年には126億9700万ユーロ(1兆6506億円・1ユーロ=130円換算)だった。だが2015年の業務利益は、40億6900万ユーロ(5290億円)の赤字となった。
またVWは2014年に110億6800万ユーロ(1兆4388億円)の当期利益(税引き後)を稼いでいたが、2015年は13億6100万ユーロ(1769億円)の赤字に転落した。
その最大の原因は、排ガス不正対策費用の大幅な増加である。2015年9月にVWは、「排ガス不正による追加コスト」として67億ユーロ(8710億円を準備した。しかしこの額ではリコール費用や米国での訴訟での和解費用、民事制裁金をカバーできない可能性が強まった。このためVWは「排ガス不正対策コスト」を当初の2倍を上回る162億ユーロ(2兆1060億円)に引き上げたのだ。
この結果、VWは配当を前年に比べて大幅に引き下げた。2014年に基幹株を持っていた株主は、1株あたり4.80ユーロ、優先株を持っていた株主は4.86ユーロの配当を受け取ったが、VWの取締役会は、2015年度の配当を基幹株について0.11ユーロ、優先株について0.17ユーロに引き下げた。
ミュラーCEOは株主の怒りをなだめるために、コメントを出した。「VWの基幹ビジネスそのものは、非常にうまくいっている。売上高は、前年に比べて5.4%増えている。排ガス不正がなければ、2015年度12月期の業務利益は、128億ユーロ(1兆6640億円)になるはずだった」。
ミュラーは、排ガス不正が2016年度の業績にも影を落とすという見通しを明らかにした。同社は年度の売上高が2015年度よりも最高5%減ると予想している。特に米国市場ではVWの車の売れ行きが鈍っている。2016年の第1四半期の米国での販売台数は、排ガス不正のために、前年比で13%減った。
取締役の巨額報酬に対する批判
2016年の春、ドイツではVWの取締役が受け取る巨額の報酬について、激しい議論が行われた。ドイツの日刊経済紙「ハンデルスブラット」のガボア・シュタインガルト編集長は、2016年4月8日付の電子版でこう述べている。「2014年に財務担当取締役だったハンス・ディーター・ペッチュの2014年の年間報酬は、646万ユーロ(8億4000万円)だった。ペッチュは2015年に監査役会長に就任し、その報酬は1000万ユーロ(13億円)に引き上げられる。約55%の増額である。排ガス不正によって、多くの人々が迷惑を受けている。VWの社員は会社の将来を案じ、株主は経済損害を受け、顧客はだまされたと感じている。こうしたときに、VWの深刻な危機について責任の一端がある人物が、以前の報酬を大幅に上回る報酬を受け取るのだ。長い伝統を持つVWという企業が、今日ほど市民感覚から遠ざかったことは一度もなかった」。
VWの取締役報酬の計算方法は、複雑である。取締役報酬の大半は、業績連動型のボーナスである。しかも単に前年の業績だけではなく、その年に先立つ数年間の業績に基づいて計算される。例えば、排ガス不正の責任を取って2015年9月にCEOを辞任したヴィンターコルンの2014年度の年間報酬は、1502万ユーロ(19億5260万円)だった。次の表が示すように、その内基本給は192万ユーロ(2億5000万円)で、残りは前の年もしくはそれ以前の年の業績に連動して支給されるボーナスだ。
ドイツ社会からの批判を受けて、2016年4月22日にペッチュは、2015年の業績連動型ボーナス230万ユーロの一部を返上することを明らかにした。取締役も、契約に基づく報酬の一部を返上する。
さらにVWは、排ガス不正による業績悪化を理由に、取締役の業績連動型ボーナスのうち30%を優先株の形で3年間にわたって凍結する。3年後のVWの株価が、2016年春の株価に比べて25%高くなっていない場合には、ボーナスの内凍結された部分は、支払われない。
VWは「この結果、2015年12月期の業績について、取締役に払われる業績連動型ボーナスは、2014年に比べて57%減る」と説明している。当初取締役たちからは、「契約に基づく報酬の一部を、なぜ減らされなくてはいけないのか」という声も出ていた。だがさすがのVW経営陣も、世論の批判や従業員の感情を無視することはできず、報酬を削減せざるを得なかったわけだ。
VWは排ガス不正をきっかけに、今後も企業体質の改善を迫られるだろう。
6 Mai 2016 Nr.1025