2月4日、ドイツをはじめとする欧州諸国の政府を失望させるニュースが、ニューヨークから飛び込んできた。国連の安全保障理事会が、シリアのアサド大統領が反政府勢力に対して行なっている弾圧を非難しようとしたところ、常任理事国のロシアと中国が拒否権を使って決議案の採択を阻止したのだ。
メルケル首相はロシアと中国の態度を「近視眼的だ。両国は、シリアの態度を批判しているアラブ諸国の路線にも背を向けようというのか」と批判。連邦政府のスポークスマンは「ロシアと中国は、決議案を阻止したことで、シリアで流血が続くことについて責任を負った」と指摘した。
米国のヒラリー国務長官は、「シリアは内戦に突入する危険があり、国際社会は政府による市民の弾圧に歯止めを掛けるとともに、政治体制の変革を支援する義務がある」と述べ、シリアの反体制派を事実上支援するという姿勢を明らかにした。
シリア軍は、反政府勢力が多いホムスの市街地を戦車やロケット弾、榴弾砲で攻撃し、2月初めの週末だけでも300人を超える死者を出した。政府軍は、脱走兵の拠点だけではなく住宅や病院も攻撃の対象にしているので、犠牲者の大半は民間人である。同国の反政府勢力によると、アサド政権による弾圧で死亡したシリア人の数は、約7300人に達している。
反政府勢力の装備は、正規軍に比べると圧倒的に貧弱である。このため死者の数は、今後も大幅に増える可能性が高い。国連の安保理が採択しようとした決議案は、シリアへの軍事介入を可能にするものではなく、単に言葉でアサド政権を「非難」するためのものだった。ロシアと中国は、そうした実効性のない決議案ですら、「内政干渉だ」として拒否し、アサド大統領を事実上かばったのだ。両国は、将来似たような事態が自国で起きた時に、国連に干渉されたくないのである。
欧米の外交官の間では、「我々はロシアと中国を国際社会の中に溶け込ませようと、さまざまな形で努力してきた。しかし両国は、今回の決議案を阻止したことで、相変わらず独裁国家を支援する国であることがはっきりした」という失望の声が上がっている。
欧米諸国の立場は苦しい。昨年3月、米英仏は国連安保理のお墨付きを得て、リビア上空に飛行禁止区域を設定。リビア軍の戦闘車両を空爆したり、反体制派に武器を供給したりして、カダフィを失脚させた。欧米諸国は軍事介入の理由として、リビア軍の攻撃により、市民に犠牲者が出る危険性が高まったことを挙げた。
同じ論法で行けば、欧米諸国はシリアに対しても直ちに軍事介入し、アサド大統領が行なっている虐殺に歯止めを掛けなくてはならない。しかし、欧米諸国は二の足を踏んでいる。チュニジア、エジプト、リビアでの革命が示すように、中東全体が流動的になっている。シリアへの軍事介入は、この先中東で内戦が勃発するたびに、欧米諸国が反政府勢力のために介入するというパターンが定着することを意味する。アフガニスタンでの戦争で疲弊した欧米諸国は、中東の動乱に巻き込まれることを避けたいのである。ヒラリー米国務長官らがロシアと中国を強く非難するのは、モスクワと北京を悪者にして、虐殺を拱手傍観(きょうしゅぼうかん)することの責任を押し付けるためである。また、リビアは重要な産油国だが、シリアはそうではない。欧米諸国にとって、シリアはリビアほど戦略的に重要ではないのだ。
だがシリアでは、犠牲者の数が刻一刻と増えている。アサド大統領の父親は、1982年にシリア中部のハマという町で軍に反政府勢力を攻撃させ、2万~ 3万人を殺害した。欧米諸国は、何らかの行動を起こさざるを得ない。
17 Februar 2012 Nr. 906