ジャパンダイジェスト

大波乱! 連邦議会選挙極右政党躍進の衝撃

得票率
メルケル氏が率いるキリスト教民主・社会同盟の得票率は、
33%に留まった

9月24日にドイツで行われた連邦議会選挙は、「メルケル時代」の終焉が始まったこと、そして戦後初めて極右政党を連邦議会入りさせた選挙として、この国の歴史に残るだろう。

伝統的政党の惨敗

メルケル首相の難民政策に強い不満を持つ有権者達は、大連立政権に加わっていたすべての政党を、厳しく罰した。メルケル氏が率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の得票率は、33%。1949年以来、最悪の数字だ。CDU・CSUは4年前の選挙に比べて、得票率を9ポイント近く減らしたことになる。

社会民主党(SPD)の得票率は前回よりも5.2% 減って、わずか20.5%。第二次世界大戦後、最も低い水準だ。マルティン・シュルツ党首は、同党は連立政権に参加せず、野党になる方針を明らかにした。多くの有権者達はメルケル首相が率いる大連立政権に対して、明確に「ノー」という意思表示を行った。

排外主義政党が第3党に

我々ドイツに住む日本人にとって、最も衝撃的なのは、排外主義を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の得票率が前回の選挙に比べて2.7倍に増え、12.6%に達したことだ。AfDの幹部らは外国人を堂々と差別する発言を行ってきた。そうした政党を、590万人ものドイツ人が選んだのだ。前回の選挙でCDU・CSUおよびSPDに投票した145万人もの有権者が、今回はAfDに鞍替えした。多くの有権者は、現政権に抗議するために、過激勢力を一挙に第3党の地位へ押し上げたのだ。CDU・CSU・SPDは105議席を失い、逆にAfDが一挙に94議席を獲得する。

旧東独市民の不満が爆発

特に旧東ドイツでは、AfDを支持する有権者が多く、得票率は22.5%に達し、CDU(28.2% )に次いで第2位の地位に就いた。ザクセン州では、AfDがCDU を追い抜いて首位に立った。観光地としても知られるゼクシッシェ・シュヴァイツでは、AfDが35.5%という高得票率を記録。CDUを10ポイントも引き離した。AfDは旧東ドイツではもはや白い目で見られる過激勢力ではなく、「ごく普通の政党」と見られている。

なぜ旧東ドイツではAfDへの人気が高いのか。旧東ドイツ市民の中には、27年前のドイツ統一によって貧乏くじを引いたと感じている人が少なくない。失業率は西側よりも高い上に、公的年金の額も長い間旧西ドイツに比べて低く抑えられてきた。特に旧東ドイツの長期失業者への給付金を西側よりも低くした「ハルツIV」は、東側の市民にとっては強い屈辱だった。

1990年以来、旧東ドイツから西側へ移住した市民の数は、約400万人に達する。その内3分の2が30歳未満の人々である。つまり旧東ドイツの市民は、旧西ドイツと連邦政府に深い怨嗟を抱いている。そのはけ口となったのがAfDである。特にメルケル首相が2年前に約80万人のシリア難民を受け入れたことが、国民の不満を強め、AfDにとって追い風となった。

過去との対決を否定するAfD

AfDはドイツの戦後レジームの破壊をめざす党だ。同党幹部は「イスラム教はドイツの憲法にそぐわない」と公言したほか、「難民が警官の制止をきかずに国境を越えようとしたら、銃を使ってでも国境の突破を阻止するべきだ」と述べている。同党はユーロ圏からの脱退、国境検査の再開、女性の全身を覆うチャドルの禁止、脱原子力・再生可能エネルギー拡大政策の見直し、徴兵制の復活などを要求している。

ドイツは第二次世界大戦後、ナチスの過去と批判的に対決し旧被害国に謝罪する姿勢を堅持してきたが、AfDはこの路線にも疑問を呈している。同党のテューリンゲン支部長は、ベルリンのホロコースト犠牲者慰霊碑を「恥ずべきモニュメント」と呼んだ。

ドイツは外国貿易に大きく依存しており、ユーロ導入によって得をした国の一つである。それだけに、ユーロ圏脱退や歴史修正主義を標榜する政党が中央政界入りすることは、この国の政治的な安定性にとってマイナスである。ミュンヘン・北バイエルン・ユダヤ中央評議会のシャルロッテ・クノープロッホ会長はAfDの躍進について、「恐れていた悪夢が現実となった。憎しみと蔑みをまき散らす悪霊が、再び現れた」と述べ、強い警戒感を表している。今後ドイツ社会は、連邦議会に巣食う非民主的勢力と戦わなくてはならない。

「メルケル後」の世界が始まった

ヨーロッパの女帝と呼ばれたメルケル首相の指導力も、大幅に弱まった。SPDが下野する方針を明らかにしたため、CDU・CSUは自由民主党(FDP)と緑の党と組まなければ、議会での過半数を確保できない。この国で4党が連立政権を樹立したことは、一度もない。難民政策やエネルギー政策をめぐって、FDP・CSUと緑の党の間には大きな隔たりがある。このため、4党によるジャマイカ連立へ向けた交渉は難航し、次期政権が誕生するまでにはかなりの時間がかかるだろう。

CSUのホルスト・ゼーホーファー党首は、バイエルン州でAfDに多数の有権者を奪われ、10ポイント近く得票率を減らした。このためすでに党内から退陣を求める声が上がっている。メルケル首相の責任を問う動きも、やがてCDU内で表面化する。メルケル首相のいないドイツが、遅くとも4年後にはやって来る。我々はその時代への準備を始めるべきだ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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