ジャパンダイジェスト

ハンバッハの森をめぐる激論 - 自然保護か褐炭火力発電か?

ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州のケルンとアーヘンの間に、広大な褐炭の露天掘り鉱山が広がる。その一角に残るハンバッハの森は9月13日から騒然とした雰囲気に包まれている。ヘルメットをかぶった数百人の警察官と大手電力会社RWEの職員たちが、樹木の伐採に抗議して森に立てこもる環境保護主義者たちやバリケードを排除し始めたのだ。

多くの市民が伐採に反対

若者たちは2012年から木の梢に小屋を作り、樹木の伐採を妨害しようとしていた。警官隊は若者たちを小屋から引きずり下ろして連行し、小屋も解体。一部の活動家は石やパチンコの玉で警官隊を攻撃したが、放水車まで動員した警察の力には対抗できなかった。

9月16日は約9000人の市民や環境団体の会員らが森に集まり、樹木の伐採に抗議するデモを行った。一部の活動家は、RWEがこの地区で行っている褐炭の露天掘り作業を妨害した。19日にはハンバッハの森で取材していたフリージャーナリストが、木の梢に作られた小屋をつなぐ梯子から転落して死亡した。

9月19日、取材中のジャーナリストが転落死する事故が起こった
9月19日、取材中のジャーナリストが転落死する事故が起こった

RWEは2003年からNRW州に所有するハンバッハの森で樹木を切り倒して、露天掘りによる褐炭採掘を進めてきた。褐炭は同社の火力発電所の燃料として使われる。森の面積は約5500ヘクタールだったが、すでに大半の木が伐採され樹木が残っているのは200ヘクタールにすぎない。RWEはNRW州政府の許可を受け、今年10月から残りの木も伐採する予定だった。

環境団体は裁判所に伐採停止を求めて訴訟を提起したが、裁判官が却下したため、RWEと州政府は森に立てこもる反対派の強制排除に乗り出したのだ。

脱褐炭の時期は今年中に決まる

ドイツの環境団体や左派勢力からは、電力会社と州政府の態度に対して強い批判の声が上がっている。その理由は、今政府と産業界が石炭・褐炭火力発電所の廃止時期を決めるために協議を行っているからだ。「成長、雇用、構造転換のための委員会」と命名された委員会には、M・プラチェク元ブランデンブルク州首相、S・ティリヒ元ザクセン州首相のほか、電力業界、環境団体、ドイツ産業連盟、労働組合、研究機関、褐炭採掘地域の代表ら28人が参加。この委員会は今年11月までに、褐炭の採掘と褐炭・石炭火力発電をやめる年を提言し、メルケル政権は年末までに脱褐炭・石炭の時期を決定する。褐炭による電力はドイツの発電量の約23%にあたる。さらにエッセンのRWI経済研究所によると、ドイツで褐炭・石炭関連産業に直接・間接的に従事する市民の数は約5万6000人にのぼる。このため褐炭の採掘や使用が禁止されるのは、2030年と2040年の間になるとみられている。

環境団体や左派議員は「地球温暖化に歯止めをかけるために、褐炭の採掘と使用をやめることについては社会的な合意ができている。それにもかかわらず、RWEに褐炭の採掘のための森林伐採を許すのは矛盾している。RWEは、脱褐炭・石炭委員会が協議している間はハンバッハの森の伐採作業を凍結するべきだ」と主張している。

脱褐炭・石炭委員会のメンバーである環境保護団体グリーンピースは「衛星写真の分析などから、RWEが今年10月にハンバッハの森で伐採を始めなくてはならない理由はない。その意味で現在の伐採計画は違法である。すでに約65万人の市民が森の保存を求める嘆願書に署名している」として、伐採中止を要求。同団体は自分たちの要求が受け入れられない場合、脱褐炭・石炭委員会から離脱する方針も明らかにした。

褐炭は収益性が高いエネルギー源だった

これに対しRWEは「ハンバッハの森の伐採は、今後2年間の褐炭火力発電を続けるために不可欠だ。我々は州政府と裁判所の許可を得ており、伐採作業は適法である。この伐採は、脱褐炭・石炭委員会の協議内容とは無関係である」と主張。同社としては、自社が所有する土地で木を切り倒すことを、第三者が妨害するのは許されないという立場を取っている。

確かにRWEの主張は法的には正しいかもしれない。だが、今日の企業経営では倫理的な側面も重視されなくてはならない。ドイツに豊富な褐炭は露天掘りが可能なので、採取コストが最も低いエネルギー源だ。減価償却が終わった火力発電所で褐炭を燃やして電気を作れば、企業にとっては利幅が大きかった。

しかし、褐炭には二酸化炭素(CO2)の排出量が天然ガスなどに比べて多いという欠点がある。メルケル政権はパリ協定の目標を達成するために、2030年までにCO2など温室効果ガスの排出量を1990年比で55%減らすことを目指している。

時代の流れに逆行する大手電力

社会全体が経済の非炭素化へ向けて進んでいるなか、大手電力会社が樹齢100年を超える木を切り倒し、褐炭の採掘を続けることは市民に「時代に逆行している」という印象を与える。

RWEではこれまで褐炭・石炭火力の比重が大きかったが、今後は再生可能エネルギーの比率を増やすことを目指している。ゴアレーベンやヴァッカースドルフが反原発運動の象徴だったように、ハンバッハの森は反褐炭・石炭運動の象徴となりつつある。RWEが褐炭使用に固執しハンバッハをめぐる議論という深い森に迷い込んだことは、同社のイメージを深く傷付けることになりそうだ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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