ジャパンダイジェスト

給水塔のある風景に誘われて

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6年ほど、クロイツベルクの給水塔のすぐそばに住んでいたことがある。毎日の行き帰りに必ず、赤レンガ造りのどっしりとした塔の姿が目に入った。給水塔のある風景は私にとって馴染み深いものとなったが、あの巨大な物体がかつてどういう風に機能していたかを深く考えることもなかった。

プレンツラウアー・ベルク地区の給水塔。「太っちょヘルマン」の愛称を持つ
プレンツラウアー・ベルク地区の給水塔。「太っちょヘルマン」の愛称を持つ

この7月、その給水塔に特化した本が自費出版されると知った。直感的に好奇心がうずくのを感じ、連絡してみると、著者の久保田由希さんとチカ・キーツマンさんから直にお話を伺えることになった。お二人にまず案内していただいたのは、プレンツラウアー・ベルク地区の給水塔。1878年に完成した堂々たる風格を持つ塔で、塔内にタンクを備えたベルリンで最古の生活用水の給水塔だという。頂上部に貯水タンクがあり、低い地点に流れる際の水圧で、住居の蛇口から勢いよく水が出る仕組み。しかし、ベルリンの人口が増え、集合住宅が5〜6階建てになると、水圧が不足する。そのため、1907年にタンクの位置を上げたことで、高層階のアパートにも安定した給水ができるようになったそうだ。

一つ案内していただいただけでも、給水塔と人々の生活のつながりがぐっと見えてきた。もともと久保田さんは、煙突や灯台も含め、「日常でありながら非日常の雰囲気を漂わせた」塔そのものに惹かれ、写真に収めてきたという。たまたまその話を聞いたキーツマンさんは、自分が住むブランデンブルク州の給水塔に関心を寄せ始め、やがて2人で分担して1冊の本にまとめようと決意する。「一つひとつの塔の形状が魅力的なので、最初はそれらを並べてカタログのような本を作るつもりでした。ところが、調べていくとそれぞれの背景が面白く、どんどん深みにはまっていき……」(久保田さん)。「私はもともと何もないところを発見するのが好き。忘れられたような風景に立つ給水塔からは、かつての繁栄が垣間見えます。なぜここでは粘土が、あるいは鉄が採れたのだろうかと考えると、ブランデンブルクの産業や自然を理解することにもつながっていきました」(キーツマンさん)。

約半年をかけて出来上がった1冊には、ベルリンとブランデンブルクの多彩な給水塔が収められており、そのバラエティーに富んだ形状を眺めているだけでも楽しめる。キーツマンさんが特に興味深かったと語るのは、エバースヴァルデ・フィノウの荘厳な塔。1917年にユダヤ系一族の真鍮工場の施設と社宅への給水のために建てられ、その後のドイツ史と完全にリンクする。第二次世界大戦末期にはすんでのところでナチによる爆破から逃れ、現在は博物館として使われているという。そういった背景を知ることで、無言の塔が何かを語りかけてくる。

給水塔本の著者、久保田さんとキーツマンさん
給水塔本の著者、久保田さんとキーツマンさん

「お互い補いながら、好きなことを追求できました」と充実感を語るお二人。久保田さんは最近日本への完全帰国を決めたそうだが、この探検は今後も続けていきたいとのこと。次はどんな発見をおすそ分けしてもらえるのか楽しみだ。

インフォメーション

プレンツラウアー・ベルクの給水塔
Wasserturm Prenzlauer Berg

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ベルリンには約120基の給水塔が建てられたという。この塔は、ベルリンが大都市への道を駆け上がる最中に造られたうちの一つ。建設当初から塔は住居を兼ねており、現在もここに人が暮らしている。周囲には雰囲気のいいカフェが多く、野外マーケットが開催されるコルヴィッツ広場へも近い。

住所:Knaackstr. 23, 10405 Berlin

『ベルリン・ブランデンブルク 探検隊シリーズ 給水塔』

オールカラー48ページ。給水塔がいつ、なぜできたのかについての基本的な解説から始まり、地域の生活に根付いた塔、再利用されている例まで、豊富な写真とともに紹介されている。給水塔のマップとインデックスは、実際に見て回る時にも重宝しそう。本書と購入についての詳細は、キーツマンさんの個人サイト(https://chikatravel.com)をチェック。

著者:久保田由希、チカ・キーツマン
デザイン:守屋亜衣

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(学研プラス)など。
ブログ「ベルリン中央駅」 http://berlinhbf.com
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