ベルリン国際映画祭(通称ベルリナーレ)で、例年最も注目を浴びるのはコンペ部門であり、メイン会場「ベルリナーレ・パラスト」の赤じゅうたんを歩く世界中から集まったスターたちです。とはいえ、ベルリナーレを世界3大映画祭たらしめているのは、聴衆の大部分を占めるベルリンっ子たち。今年60回目を迎えたベルリナーレでは、そんな地元の映画ファンにあるプレゼントが用意されました。“Berlinale Goes Kiez”というシリーズです。
「キーツ」とは、自分が住む界隈のことを(時に愛着を込めて)呼ぶ際、ベルリンでよく使われる言葉。最新の設備を備え、ハリウッド系の大作を中心に上映する大きな映画館だけではなく、規模はずっと小さいながらも、地元の人々と共に歴史を歩んで来た、いわば街角の映画館がベルリンにはいくつも存在します。
赤じゅうたんが敷かれたキャピトル・ダーレム前
“Berlinale Goes Kiez”では、映画祭の期間中、毎日1カ所キーツの映画館が選ばれ、そこで2本の映画が上映されました。コンペ作品もあれば、ノイケルンの映画館では『Neukölln unlimited』、ケーペニックの映画館では旧東ベルリンを舞台にした新作『ボックスハーゲナー広場』といった風に、それぞれの地域に縁のある作品が取り上げられることも。ヴィム・ヴェンダース、カトリン・ザース、トム・ティクヴァなど、毎回異なるゲストが登場してキーツの映画館への思い入れを語ったり、監督や出演者が顔を揃えたりしたのは、やはり国際映画祭ならではと言えるでしょう。ベルリナーレの雰囲気が近所の小さな映画館でも味わえるということで、ほぼすべての上映が完売という盛況ぶりでした。
そんな中、私も1本だけこのシリーズを体験することができました。ダーレム地区にある「Capitol Dahlem」は、戦前の古い邸宅を改造して作られた座席数160席ほどの映画館。そこで、トルコ人のセミ・カプラノグル監督による『はちみつ』(Bal)という作品を観ました。これは『卵』『ミルク』に続く、同監督の3部作の最後を飾る作品で、アナトリアの山岳地方で養蜂業を営む父と7歳の息子をめぐる物語です。台詞はとても少ないのですが、詩情の豊かさと卓越した映像美に魅せられました。
ご存知の方も多いと思いますが、この『はちみつ』は、記念すべき第60回のベルリナーレで金熊賞に輝きました。ドイツでの一般公開もそう遠くない先に始まるでしょう。この佳作が多くの人々の心に届くことを願っています。
「この作品が人間と自然の関係を考えるきっかけになれば」
と舞台挨拶をするカプラノグル監督