現在、ベルリン西地区の目抜き通り「クーダム」ことクアフュルステンダムを歩いていると、周辺一帯が急激な変化の渦中にあるのを実感します。昨年、ツォー駅近くに高層ビルが完成し、5つ星ホテル「ヴァルドルフ・アストリア」が開業。また5月にはウーラント通り駅前に欧州最大規模の「アップルストア」がオープンし、話題を呼びました。しかし、急激な資本の流入による街の変化には、必ず影の側面が伴います。「ホテル・ボゴタ」廃業危機のニュースは、ホテルのファンだけでなく、少なからぬ市民にも衝撃を与えました。
クーダムから一歩入ったシュリューター通りにあるホテル・ボゴタは、1964年から3世代にわたって家族で営まれている瀟洒なホテル。単に歴史ある宿というだけではなく、戦前は若き日のヘルムート・ニュートンがホテルの中のアトリエで修行を積み、戦後直後は非ナチ化審議の舞台として指揮者フルトヴェングラーがこの場に立つなど、ベルリンの歴史を物語る場所です。私自身、このホテルに初めて入ったとき、重厚なロビーの雰囲気だけで圧倒されたのを覚えています。
ホテル・ボゴタの重厚なロビー
しかし、5月初めに地元紙が報じた内容によると、「宿泊費は20年前と変わらないが、建物の家賃は年々上がる一方」(支配人のヨハヒム・リスマン氏)という状況や、近年のホテル間の競争の激化による予約数の減少などから、数カ月前からホテル側が家賃支払い不能に陥り、建物の所有主から10月下旬の退去通告を命じられているとのこと。所有主の意向では、改装の後、オフィスや商店が入居する予定といいます。
地元紙、特にターゲスシュピーゲル紙が繰り返し報道した反響は大きく、公開討論の場が設けられ、廃業阻止のための署名活動も起こっています。このホテルが地元の人々にも愛されてきたのは、開かれた文化の場という側面があってのこと。芸術に造詣の深いリスマン氏の意向で地上階は写真展示の場になっており、朗読会やジャズのコンサートも定期的に開かれています。現在、吹き抜けの中庭を彩っているのは、日本人作家の末宗美香子さんの作品。宿泊客でなくても、見学はいつでも可能です。
中庭空間に展示中の末宗美香子さんの作品
厳しい状況ではあるものの、まだ100%廃業が決定したわけではありません。ベルリンに来られる際は、ぜひ一度ホテル・ボゴタにお泊まりになってはいかがでしょう。豪華ホテルではありませんが、旅の記憶にきっと残る愛すべき宿です。クーダムからまた1つ、文化の灯火が消えないことを願いつつ……。