先日、地下鉄の駅で印象的なモノクロ写真を使ったポスターを見掛けました。列車の食堂車の中で、中年の男性が通路を隔てて座る女性に渋い表情の眼差しを向けた瞬間をとらえたもの。報道写真というよりは、主演俳優と女優を映した映画のワンシーンのようだと思いました。
この男性は、かつて西ドイツの首相を務めたヴィリー・ブラント(1913~1992年)。1913年12月18日のブラント生誕100年を記念し、クロイツベルク地区にある社会民主党(SPD)本部、通称「ヴィリー・ブラント・ハウス」で行われた写真展に足を運んできました。
ヴィリー・ブラント写真展のチラシより
政党本部での展覧会というと、日本では馴染みがないかもしれませんが、ドイツの政党や政治家は美術品の収集に熱心ということが少なからずあり、特にこのSPD本部では定期的に展覧会が開催されています。
三角形のモダンな外観の建物の中に入ると、そこは天井ガラスで覆われた大きなアトリウムで、光がたっぷり差し込んでいます。写真展は2部に分かれ、1階に展示されているのは長年ブラントを撮り続けたポートレート写真家、コンラート・ルーフス・ミュラーの作品。暗闇を背景に、近距離からブラントの表情をとらえた写真が中心で、表情の豊かさと刻まれた深いしわが彼の歩んだ激動の道のりを物語っているようでした。
ヴィリー・ブラント・ハウスのアトリウム
静的なミュラーの作品に対し、2階には、4人の報道写真家によって収められた躍動感溢れる写真が多く並びます。シュテルン誌の委嘱を受けてブラントを追い続けた彼らの写真は、西ベルリン市長時代から連邦首相、さらにその後まで、さながらブラントの政治家人生を一望できるボリュームがありました。モノポリーで遊び、家族と過ごす時間などを収めたプライベートショットでは、くつろいだ表情を見せています。本業の政治の方では1970年、初の東西ドイツ首脳会談のためにエアフルトを訪れた際の緊張感が印象に残りました。ほかにも、やはりドイツの首相として初めてイスラエルを訪問したときの様子、ベルリンの壁が崩壊した直後の感慨に満ちた表情、そして談話に応じる際、いつも左手に持っていたタバコに焦点を当てた写真等々……。
それにしても感じたことは、あの冷戦時代、しかも相手に手の内を見せないことが美徳とされる政治の世界で、ブラントが見せた率直な表情は人間味があり、絵になる人だなということでした。そんなヴィリー・ブラントの写真展は2月1日まで開催されています。オープンは火~日曜の12:00~18:00。入場は無料ですが、パスポートなどの身分証の提示が必要です。