ジャパンダイジェスト

松葉杖で街を歩いて気が付いたこと

僕は今、普段より3倍遅く、100メートルおきに一息入れながら、転ばないように街を歩いています。バスケットボールの試合中にアキレス腱を完全に切ってしまい、左足で地面を踏みしめることができなくなりました。初めての松葉杖生活で苦労もありますが、同時に発見もありました。「松葉杖」の語源は、逆三角形の形が松の葉に似ていることからきています。脇の下に入れるタイプのものです。今は、前腕部分につかむところがあり、体重がグッとかかる手のひらにまめができています。

落ち葉はよく滑ります落ち葉はよく滑ります

片足で立っているだけでも疲れるのですが、そんな時に思い出す言葉があります。「思い切って外に出かけてみて」。目の見えないラジオパーソナリティでありシンガーの蔀より子さんの言葉です。28歳で失明した彼女は、10年間の引きこもり生活の後、阪神淡路大震災をきっかけに外の世界へ飛び出す覚悟を決めました。視覚障害者ならではの発信は、目が見えることを当たり前と思っているわれわれに気付きを与え、災害に強い街づくりにも貢献しました。日本にいたころ、2年間より子さんの番組を担当していた僕は、彼女の言葉を思い出しながら、ブラウンシュヴァイクの街を歩きました。

FMわぃわぃパーソナリティの蔀より子さんFMわぃわぃパーソナリティの蔀より子さん

地下鉄の急発進で転びそうになったり、路上の落ち葉で滑ったり、何気ない光景の中にヒヤリとする瞬間があります。路面電車の旧式車両は乗り降りが大変で、バスはすぐ発車するので席に座る時間が取れません。街中には重いドアが多い(防火、断熱の効果はありますが)。一番困ったのはトイレかもしれません。公衆トイレが少なく、急の便意にはハラハラさせられました。困っている時には、人々の親切をより深く感じました。ドアを開けて待っていてくれたり、席を譲ってくれたり、知らない方から声をかけられる機会も増えました。

10月の衆議院選挙は公示から投票までの期間が短く、郵送では間に合わないので、ハンブルク総領事館まで投票しに行きました。列車の発着ホームがたびたび変更されたり、駅のエレベーターが便利な場所になく、階段を登らざるを得なかったり。移動だけで途方もなく疲れてしまい、目的地に到着した時にはぐったりしてしまいました。しかし今回の経験で、普通に生活しているだけでは、なかなか見えてこない困難に気付かされたように思います。そしてさまざまな方に助けていただきました。

松葉杖姿でベルリンのアートグループ展に参加してきました松葉杖姿でベルリンのアートグループ展に参加してきました

同時に、信号を渡るときや自転車通りを横切る時に、「邪魔者扱い」されて心が縮こまる経験もしました。路面電車の車内では、携帯電話の画面に見入っていて、席を必要としている人に気が付かない人も目にしました。僕の場合は、時が経てば松葉杖なしで歩けるようになりますが、アキレス腱のしこりは残ります。今回の街歩きで気が付いたことも忘れないようにしたいと思いました。

国本 隆史(くにもと・たかし)
神戸のコミュニティメディアで働いた後、2012年ドイツへ移住。現在ブラウンシュバイクで、ドキュメンタリーを中心に映像制作。作品に「ヒバクシャとボクの旅」「なぜ僕がドイツ語を学ぶのか」など。三児の父。
takashikunimoto.net
 
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