ドイツの「保存修復師」という職業をご存知でしょうか? これは歴史的な絵画、彫刻、建築、美術作品などの文化財の傷みを診断して、修復を行う仕事です。壊れたり傷ついたりして破損した作品をまずは修理して安定させ、オリジナルに近い状態に戻します。作られた時代によって用いられた絵の具の顔料や下地の材料が違うため、それぞれ修復の手法は異なり、使用する道具も多岐にわたるようです。教会や美術館、または個人から依頼を受けて、作品の修復を専門に行う保存修復師と、美術館に所属して所蔵品の修復やメンテナンス、保存場所の温度と湿度管理を行う保存修復師がいます。
現場で祭壇の保存修復
友人のエヴァは、約500年前のゴシック様式の終わり頃に作られた、教会の祭壇をはじめとする木板に描かれた絵や、木製の彫刻の保存修復を専門としています。ドイツ国内にはおよそ6000人の保存修復師がいるそうで、絵画、石像、建築など各自が専門分野を持ちます。ドイツで保存修復が学べる大学・専門学校は、シュトゥットガルト、ドレスデン、ミュンヘン、ケルン、ヒルデスハイム、ポツダムの6つに限られ、芸術文化史の理論と、実際に顔料の分量や混ぜ方を実践する実務を並行して学びます。卒業するためには、実際に保存修復の現場で3年間の研修を行うことが必須です。例えば建築学科の場合は半年の研修期間が義務とされていますが、それに比べて非常に長い時間をかけて実務を学ぶことが重要視されています。ただし、ドイツの保存修復師は明確な資格が必要ではなく、修士号を持っていることが必ずしも必須とされません。ほとんどの保存修復師が、美術館や市や州の歴史保存課、または工房に勤めていて、彼女のようなフリーランサーは修士号を取得しているとはいえ、仕事の契約を取ってくることは簡単ではありません。
アトリエで絵の修復を行う
彼女はもともと芸術と文化を継承することに興味があり、さらに芸術と手工芸という2つの分野で成り立つ背景に惹かれて保存修復師という職業を選んだと言います。大学に在学中は紙や石などの素材を修復することを一通り学んだ後に、木材が自分に1番合っている材料だと分かったそう。保存修復の仕事は、作品をゼロから制作するのではないので「完成」という瞬間がなく、やろうと思えばいつまでも作業を続けられるプロセスを、自分の意思で断ち切ることが難しくもありやりがいがあるのだとか。500年前に作られたものを、完全に新しい状態に戻すことはむしろ不自然で、その時代の価値を理解して作風を生かすためにはあえて古くなったところを残すことも重要と考えられているそうです。保存修復の役割は、大切な文化財を後世へ残すという、とても意味のある仕事ですね。
エヴァのホームページ: https://evatasch-restauro.de
福岡県出身。日独家族2児の母。「働く環境」を良くする設計を専門とする建築家。2011年に空き家再生社会文化拠点ライプツィヒ「日本の家」立ち上げ、18年まで共同代表。15年より元消防署を活用した複合施設 Ostwache共同代表。
www.djh-leipzig.de