『ピナコテーク』と聞いて、ミュンヘンで知らない人はいないでしょう。ここピナコテーク(語源はギリシャ語で「絵画館」の意味)は、中世からバロック期の絵画を展示する「アルテ・ピナコテーク(Alte Pinakothek)」、ドイツ近代絵画や印象派の作品を集めた「ノイエ・ピナコテーク(Neue Pinakothek)」、そして20世紀以降の現代美術・グラフィックアート・建築・デザインを展示する美術館としてはヨーロッパ最大の規模を誇る「ピナコテーク・デア・モデルネ (Pinakothek der Moderne)」の3館から成る大きな美術館群です。
この冬、ピナコテーク・デア・モデルネでは「SUBJEKTIV.—21世紀のドキュメンタリー映画展」と題する特別展が開催されていました。これは、ミュンヘン・テレビ映画大学の学生たちが過去10年にわたって制作したドキュメンタリーフィルムを紹介するもので、これまでにない多くの映像の展示で話題になりました。今回紹介された全88作品は、美術館内に設置された大人の胸の高さ程の小さな柱の上に設置されたモニターに映し出され、音声はモニターの下にある受話器を耳元に寄せて聴くようになっています。作品は10分程のものから90分以上続く大作まであり、すべてを観ようと思ったら、何日掛かるか分かりません。入場料金が1ユーロとお得な日曜日などはかなりの人が訪れ、中にはイスを持参して1日中鑑賞していると思われるような人の姿もありました。寒い冬の楽しみに持って来いのイベントだったようです。
展示場内の様子
Foto: Pinakothek der Moderne ©Nicole Wilhelms
ドキュメンタリー映画は、制作者の意図を含まない事実の描写です。学生たちが撮った作品も、そこに映る人間や彼らが発する言葉は、リアリティーが感じられるメッセージに仕上がっていました。淡々と「人を殺したんだ」と口にする10代の兄弟。虐げられた貧しい生活の中で、彼らは人を殺すということに重みを感じているのだろうか、私のいる世界とは価値観も常識も異なる世界でも人を殺すことは同じ意味を持つのだろうかと考えさせられます。また、病んだうつろな眼で空くうを見つめる男性の姿からは、「すべての人に生きる意味がある」などとは到底思えず、綺麗事や励ましを口にできる社会は恵まれていると思えてきました。
距離を置いてみると「眼」に見える目立つポスター
もちろん、救いようのない世界が続くばかりではなく、ある修道女の1日やコールショップで電話を掛ける外国人、コンサートや祭りの準備に勤しむ人の姿を撮ったものなど、よく観ると、どこにでもいるような人間の姿やその生活の一片を映し出したものもありました。時折、自分とは違う人間の姿を眼にし、心に揺さぶりを掛けることは大事なことだな・・・・・・と改めて思い始めた頃にはこの展示も終わってしまい、見残した映像が気になって仕方がありません。
2004年よりミュンヘン在住。主婦の傍ら、副業でWEBデザイナー。法律家の夫と2人暮らし。クラブ通い、ゴルフが趣味のおばさん。