不安は危険を避ける注意信号
「これから何か嫌なことが起こるかもしれない」と、気掛かりで落ち着かない気分が「不安(Angst)」です。不安は将来の悪いできごとを避けるための注意信号。しかし、この不安感が余りにも強過ぎて、生活の質(QOL)を著しく低下させたり、長期にわたり日常生活に支障を来たす場合には、「不安障害(Angststörung)」として扱われます(表1)。
表1 不安障害に含まれる主な疾患 | ||||||
疾患名 | パニック発作 | |||||
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予期しない | 主に状況に依存 | |||||
パニック障害 | ◎ | |||||
恐怖性障害(恐怖症) | ◎ | |||||
強迫性障害 | ◯ | |||||
外傷後ストレス障害(PTSD) | ◯ | |||||
全般性不安障害 | ◯ | |||||
身体疾患からの不安障害 | ◯ |
パニックの意味
本来パニック(Panik)という言葉は、大きな危機に際して自己を守るため、人や動物が集団としての秩序を失って逃げ出す乱衆行動を指します。社会学的には、1873年の大恐慌での銀行殺到や、1973年のオイルショックでのトイレットペーパー買い占めのような集団の非論理的な行動も、一種のパニック現象とされます。
最近は、個人に突然襲い掛かる不安や恐怖感からの 心身の混乱もパニックと呼ばれます。
表2 キーワードの解説 | ||||||
用語 | 意味 | |||||
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不安障害 | 不安を主症状とする一連の病気の総称 | |||||
パニック発作 | 動悸・呼吸困難などを伴なう突然の不安・恐怖 | |||||
パニック障害 | 不安障害の1つの病名。パニック発作が主症状 | |||||
過換気症候群 | 過呼吸からもたらされる一連の症状 |
パニック発作とは?
突発する強い不安・恐怖感に続き、死ぬのではないかと感じるような動悸(どうき)、息苦しさが出現する現象を「パニック発作」と言います。パニック発作は、ある状況に置かれることで生じる「特定の状況下での発作」と、いつ起きるかわからない「理由のない発作」に分けられ、後者は「パニック障害」(後述)に特徴的です。通常、10分程度で自然に治り、心臓・呼吸器・脳の検査でも何の異常も見付かりません。生命の危険も、ありません。
特定の状況でのパニック発作
パニック発作はどんな不安障害でも起こりますが、ある特定の状況と結び付いて起きることが少なくありません。例えば、重低音の大音響の音楽や騒音、狭いエレベーターの中、自由にトイレに行けない状況、逃げ場のない場所、運転席に着いた時、飛行機が乱気流で大きく揺れた時……など、不安や恐怖感を生み出す状況は人によって様々です。を訪れ回ることも。極端な場合は、パソコン依存症、ネット中毒などとも呼ばれ ます。
パニック障害(理由のないパニック発作)
特に理由もなく、不意に襲うパニック発作が2回以上みられ、発作がまた起こるのではないかという不安が続く場合には、「パニック障害(Panikstörung)」を考えます(図1)。パニック障害には3つの側面があります。
● 予期せぬパニック発作
理由なく、いつどこで起こるか予測できない内因性のパニック発作です。
● 不安を予期する(予期不安)
パニック発作がない時にも、「また発作が起こるのではないか」「人前で具合が悪くなったらどうしよう」という心配が続きます。
● 行動の範囲が狭くなる(広場恐怖)
以前にパニックが起こった場所や状況を回避するようになります。また、パニック発作が起きた時に逃げられない、あるいは助けを求めにくい場所を避けるようになります。その結果、公共の乗り物を利用したり、コンサート会場など大勢人が集まる場所を嫌い、行動範囲も次第に狭まります。
図1 パニック発作
パニック発作時の身体症状
● 動悸はどうして?
恐怖感や不安感が異常に高まった結果、体(脳)が危険回避の闘争状態に入り、交感神経系機能が亢進し、脈拍数と心臓の拍出運動が一気に増えるためです。
● 呼吸困難はどうして?
過呼吸(呼吸回数が必要以上に多い状態)で、呼気から血中の二酸化炭素が失われ、呼吸中枢が抑えられてしまいます。その結果「呼吸ができない」「息が吸えない」といった強い恐怖感が現れます。下記の症状と合わせ、「過換気症候群(Hyperventilation)」と呼ばれます。
● 手のしびれ、筋肉の硬直はどうして?
過呼吸による呼吸性のアルカローシス(血液のアルカリ濃度が高くなった状態)から、手のしびれや筋肉の硬直、めまいなど、多種多様な全身症状が現れます。
パニック発作とパニック障害の頻度
パニック発作はどの不安障害でもみられ、毎年人口の10%近くの人が経験するとも言われています 。一方、パニック障害については、平成14〜18年に行われた日本の厚生労働省の研究班の調査によると、生涯有病率は0.8% と報告されています。米国でのパニック障害の有病率は少し高く(1.6〜4.7%)、近年さらに増加傾向にあるようです。パニック発作もパニック障害も、女性に、男性の約2倍の頻度でみられます。
パニック障害の原因は?
特に理由もなく起こるパニック障害は「気のせい」や「気持ちの持ち方」によるものと誤解されがちですが、そうではなく、脳内の扁桃体にある、恐怖の感情を司る回路(恐怖神経回路)の機能の過活動のためと考えられています。仕事上や家庭での過大なストレス、過去の体験との関連も示唆されています。パニック障害を抱える人の50〜65% が、生涯のある時点でうつ病を経験するという報告もあります。
図2 パニック障害の悪循環
パニック障害の治療
パニック障害以外でのパニック発作は、自然と発作がみられなくなることも少なくありません。パニック障害の場合には、早期から薬物療法と精神療法を行います。薬としては、主に抗うつ薬のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やほかの抗うつ薬が用いられます。また、精神療法として、認知行動療法という治療法が用いられます(厚労省研究班の一般医向けのガイドラインより)。ドイツでは精神療法士(Psychotherapeut/ in)の助力も有益です。
過換気症候群への対応
過換気(過呼吸)症候群は、パニック発作だけでなく、激しい運動の直後や、口で大きな風船を急いでふくらませた後、過度の緊張による頻呼吸から引き起こされることもある病態です。過呼吸で失われた血液中の二酸化炭素の濃度を上げることで大抵の症状は落ち着きます。具体的には、中サイズの紙袋をゆるく口と鼻にかぶせ、出来るだけゆっくりと呼吸をします。呼気中の二酸化炭素を再び吸い込むことで、呼吸性アルカローシスの改善がみられます。
身体疾患からのパニック様発作
心筋梗塞や気管支喘息の発作時にもパニック様発作を起こすことがあります。また、アルコールや薬物依存症の禁断症状、 外傷後ストレス障害(PTSD) でも似た症状を示すことがあります。
パニック障害が疑われる方へ
1) 早期の診断、早期の治療開始が大切です。2) この病気についてよく理解することが大切です。3) 医師の指示に従って治療を受けてください。4) カフェインの入った飲食品(コーヒーや紅茶、緑茶、コーラ、チョコレートなど)の摂り過ぎは不安症状の増強につながります。5) さらに、心身がリラックスできるように生活のパターンを工夫しましょう。