最近ピロリ菌についてよく耳にしますが、なぜピロリ菌が多いと身体に悪いのでしょう?ピロリ菌によって起こりうる病気や、感染ルート、検査・治療の方法について教えてください。
Point
- ピロリ菌は日本人の約半数が感染
- 若年者より高齢者に高い感染率
- アンモニアで胃酸を中和して生息
- 胃・十二指腸潰瘍、胃がんの発生リスクと関係
- 抗菌薬による除菌治療が有効
- 離乳食の口移しも感染ルートの一つ
ピロリ菌て、何?
● 可愛らしい名前ですが、実は……。
正式な名前はヘリコバクター・ピロリ菌(Helicobacter pylori)です。「ヘリコ」はらせん状、「バクター」は細菌、そして「ピロリ」は胃の幽門(ゆうもん)部という意味。すなわち「胃の幽門部に生息するらせん状の細菌」ということになります。
● アンモニアをつくって生息
胃液はpH1〜2の強酸(塩酸)で、従来、細菌は住めないと考えられてきました。しかし、ピロリ菌はウレアーゼ(Urease)を出してアンモニア(Ammoniak)をつくり、強い酸性による殺菌を免れています(図1)。
図1. ピロリ菌
● どこから体に入るの?
ピロリ菌の多くは、胃酸も弱く免疫機能が不十分な幼児期に、離乳食(Babynahrung)などの口移しによって感染すると推測されています。その他、ピロリ菌に汚染した井戸水、ハエによる媒介も考えられています。ピロリ菌自体は酸素が存在する大気中では生存できず、乾燥にも弱い細菌です。
● 感染の頻度は?
日本人のピロリ菌の感染率は先進国の中では際立って高率で、ピロリ菌の除菌が始められる前は日本人の約半数が感染していました。男女での差はなく、年齢が高くなるほど感染率も高くなっています。衛生環境の不十分な国・地域ではピロリ菌の感染率がさらに高くなります。
● 自然治癒や再感染は?
ピロリ菌の持続感染が幼少時に成立すると、自然に治ることはまれです。しかし、大人の場合には一過性の感染であることが知られています。除菌して1年以上の検査で一旦陰性になったのが、数年後に陽性になった場合には再感染が疑われます。
ピロリ菌により起こる病気
ピロリ菌と関係があるとされる病気
● 胃潰瘍・十二指腸潰瘍
胃潰瘍(Magengeschwür)、十二指腸潰瘍(Zwölffingerdarm-Geschwür)は、胃や十二指腸の粘膜がえぐられて、強い痛みや出血をきたす病気です。時に強いストレスや薬剤が原因のこともありますが、ほとんどの場合がピロリ菌感染によるものです。
● 萎縮性胃炎(慢性胃炎)
胃液をつくる胃底腺(いていせん)が萎縮し(Atrophische Gastritis)、胃粘膜が腸の上皮粘膜のようになる「腸上皮化成(ちょうじょうひかせい)」、鳥肌のようなつぶつぶの盛り上がりを伴う「鳥肌胃炎」を起こしたり、時に点状の出血を伴います。
● 胃がん
ピロリ菌の感染者は感染していない人に比べ胃がん(Magenkrebs)の発生リスクが5倍、さらにピロリ菌と萎縮性胃炎の両者がある場合は、どうちらもない人に比べ約10倍といわれています。ピロリ除菌が胃がんの発生率を減らせるか、今年の7月より日本ヘリコバクター学会が中心となり、全国で20年間の追跡調査が開始されました。
● 急性胃炎、下痢、口臭
成人のピロリ菌の初感染では急性胃粘膜病変(ヘリコバクター感染胃炎)や下痢をきたすことがあります。ピロリ菌の作るアンモニアにより呼気からくる尿に似た独特の口臭がみられることも。小児ではピロリ菌の鉄消費による鉄欠乏性貧血との関わりも推測されています。
ピロリ菌の検査
ピロリ菌検査の種類
検査 | 方法・利点 | 留意点 |
尿素呼気試験 | ・呼気中の二酸化炭素を測る ・結果が最も確か |
限られた施設でのみ検査可能 |
ピロリ菌抗体 | ・血液などの抗体を調べる ・簡単にできる |
除菌直後は陽性、感染直後は陰性 |
胃カメラ | ・迅速ウレアーゼ試験で確認 ・胃の粘膜の様子を観察できる |
ピロリ菌がいない場所では陰性 |
● 尿素呼気試験(Atemgastest)
検査薬(尿素)を飲んだ後の呼気に含まれる二酸化炭素濃度を測定します。生きて活動しているピロリ菌が、尿素を二酸化炭素とアンモニアに分解する酵素(ウレアーゼ)を生成していることを利用しています。
● 血液のピロリ菌抗体(H.pylori Antigen Test)
胃の中にピロリ菌がいる場合に作られるピロリ菌を排除する抗体(こうたい)の有無を調べます。最も簡便で、早く結果が出るスクリーニング方法です。ピロリ菌感染直後の抗体ができていない時期には偽陰性、ピロリ菌の除菌直後で抗体が体内に残っている場合は偽陽性を示すことがあります。便を用いる方法もあります。
● 胃カメラ(Gastroskopie)
胃粘膜を少し取ってピロリ菌の出すウレアーゼを調べたり(迅速ウレアーゼ試験、HU-Test)、病理学的にピロリ菌の有無を確認します。ピロリ菌は胃粘膜全体に生息しているとは限らず、ピロリ菌の生息してない部分を調べた時は陰性となることもあります。萎縮性胃炎の所見を確認するのに有用です。
ピロリ菌の除菌治療
ピロリ菌の1次除菌の薬剤
薬 | 種 類 |
アモキシシリン | ペニシリン系の抗菌薬 |
クラリスロマイシン | マクロライド系抗菌薬 |
オメプラゾール | 胃酸の分泌を抑える薬(PPI) |
● 3薬剤による除菌法(1次除菌)
2種類の抗菌薬(アモキシシリンとクラリスロマイシン)と胃酸の分泌を抑えるオメプラゾール(プロトンポンプ阻害薬の1種)の1週間投与が、ピロリ菌除菌(Eradikationstherapie)の標準3剤併用療法(Triple-Therapie)です。
● 除菌成功率と耐性菌
以前は90%を越す除菌率であった「標準3剤併用療法」ですが、名古屋市立大学の研究によると耐性菌出現などのため近年はその除菌率が70%近くまで低下しています(2010年のJ Clin Biochem Nutr誌の論文)。一方、同じ抗菌薬でも胃酸分泌を抑える薬を、例えばP-CABと呼ばれる薬(日本のボノプラザン)に替えてみると除菌率が改善するという最近の報告もあり関心が持たれます。
● ペニシリンアレルギーの人は?
ペニシリンアレルギー(Penizilinallergie)の人は抗菌薬のアモキシシリンを使えないので、2次除菌(次項)に用いる別な抗菌薬(メトロニダゾール)が用いられます。
● 2次除菌、3次除菌って?
「標準3剤併用療法」による1次除菌がうまくいかなかった場合に、抗菌薬を変更して行うピロリ菌治療を2次除菌と呼んでいます。同様にさらに3次除菌、4次除菌が行われることもあります。
● 子供のピロリ菌
ピロリ菌の多くは5歳頃までの幼少時に感染します。小児でのピロリ菌の除菌の有効率は約90%と高く(信州大学の検討)、日本の「小児期ヘリコバクター・ピロリ感染症の診断,治療,および管理指針(2005年)」では除菌対象年齢を5歳以上としているものの、安全性の観点からは中学生以降の除菌が望ましいとされています。
● 除菌後に胸焼け?
約20人に1人の人がピロリ菌を除菌して半年ぐらいして胸焼けを起こすことがあります。これは胃の胃酸分泌が改善することと、ピロリ菌が酸性していたアンモニアの影響がなくなるため、もともと胃食道逆流があった場合には胸焼けを伴う胃食道逆流症(逆流性食道炎)の症状が前面に出るためです。
● 治療はどこで受けられるのか?
掛かり付けのハウスアルツト(Hausarzt/-ärtztin)、内科(innere Medizin)、消化器内科(Gastroenterologie)などの医療機関に相談してください。
● 感染予防のために
お子様への愛情表現でもある食物の口移しも家庭内感染の原因の一つと考えられています。ピロリ菌が陽性で胃食道逆流がみられる親から幼児への食物の口移しには注意が必要とされています。