ドイツを含む欧州で「麻しん(はしか)」が大流行していると聞きました。自分はイタリアへの出張も多く、妻が妊娠をしているので心配です。感染を防ぐには、どのような点に注意すれば良いのでしょうか
Point
- 麻しんは伝染力の強いウイルス感染症
- イタリア、ルーマニアやドイツで流行
- いったん発症すると特異的な治療法はなし
- 唯一の予防法は麻しんワクチンの2回接種
- 麻しんワクチンは生ワクチン(妊婦は禁忌)
- 大人の発病は重症化しやすい
- 麻しんの二大死因は肺炎と脳炎合併症
欧州の麻しん(はしか)の流行
● ドイツの患者数は昨年同時期の約6倍
ドイツのロベルト・コッホ研究所(RKI)によると2017年上半期の麻しん(Masern)患者数は766名で、昨年同時期の130名を大幅に上回っています。イタリアでは1月以来の患者数が4087名(8月8日時点)、ルーマニアでは8455名(8月4日時点)と例年の数倍に上ります。
2017年の麻しん流行の患者年齢
● ヨーロッパへの旅行者に対する注意喚起
外務省は海外安全ホームページに「海外における麻しん(はしか)の発症に備えた注意」(8月18日)を発表しました。米国の疾病予防管理センター(CDC)もドイツを含む欧州への旅行者に対し、旅行前に予防接種(Impfung)を講じるよう勧告しています。
● イタリアでの流行の原因はワクチン未接種か1回接種
イタリアでは患者の88%がワクチン未接種、7%が1回のみのワクチン接種でした(7月4日時点での報告)。ここ数年の接種率低下の背景としてイタリア保健省は「ワクチンと自閉症に関連性」があるとの誤報を信じた親が増え、子供への接種を控えたためとの見方を示しています。
ドイツの麻しんワクチン接種
日本とドイツの接種時期の違い
● 2歳までに2回接種
2歳になるまでに2回の接種が、STIKO(RKIの予防接種委員会)より推奨されています。早い年齢で2回接種するのは、1回目のワクチン接種で予防効果(十分な抗体価)が得られる確立が全体の95%で、2回目接種によりほぼ全員が予防効果を得られるためです。
● 1970年以降生まれの人は追加接種を
1970年以降に生まれた18歳以上の人は、予防接種を受けていない、もしくは予防接種を受けたか不明、または1回しか接種を受けていない可能性があるので、すべての人が1回の追加ワクチンを接種することが推奨されています(STI KO)。
齢年代別にみたワクチン接種回数(ドイツ) | ||||||
生年 | 接種 | 説明 | ||||
1970年以前 | なし | 自然感染したと推定 | ||||
1970〜1990年 | 1回 | 2回目を未接種、 不確かな人は追加接種を |
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1990年以降 | 2回 |
● 1969年以前生まれはワクチン接種不要
麻しんウイルスに対する血液中の抗体(Antikörper)を調べた疫学調査により、1970年以前生れのほとんどの人が幼少時に自然感染し、終生免疫を得ていることが示されています。
日本での麻しんワクチン接種
● 1990年以前生まれは1回接種
日本では1978年から麻しんワクチンの1回接種が始まりましたが、1回では予防効果が不十分なため、1990年4月2日以降生れの子供より2回接種となりました。今年26、27歳までの若い世代は麻しんワクチンを2回接種、27〜40歳の世代は1回接種、41歳以上の世代はまったく受けていない可能性が高いと言えます。
年代別にみたワクチン接種回数(日本) | ||||||
生年 | 年齢* | 接種 | 説明 | |||
1977年以前 | 41歳以上 | なし | 自然感染したと推定 | |||
1978〜1990年 | 27〜40歳 | 1回 | 未接種の人もいる 妊娠前に2回目の接種を |
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1990年以降 | 27歳未満 | 2回 | ー | |||
* 4月2日生れから適応のため年齢は目安です |
● 2回の接種間隔が空いているのは何故?
日本や米国では1回目接種で得られた予防効果(抗体価)を維持する目的で数年後に2回目の接種を行っています。1回目の接種で抗体価上昇が不十分とされる約5%の児童は、十分な予防効果がないまま数年を過ごすことになります。
麻しんの症状
● 空気感染で拡がるウイルス感染症
患者のくしゃみ、咳、鼻汁から排出されるウイルスを含む感染性の粒子(つぶ)によって拡がります。麻しんウイルスは感染力が強く、免疫の無い人がウイルスに接するとほぼ100%発症します。
● 小児の症状
感染から発症までの潜伏期は10~12日間。鼻水、発熱、目やになどの風邪症状で発症(カタル期)、2~3日間続いた熱が一旦和らぎ、その後に再び39℃以上の高熱とともに赤い小丘疹が現れます(発疹期)。発症から7~9日後に解熱、一般状態も改善します(回復期)。発疹は茶色の色素沈着を残し、次第に消えていきます。
麻しんの臨床経過 | ||||||
潜伏期 * | 10〜12日間 | |||||
初発症状と発熱 | かぜ症状で発症 一旦熱が下がった後に高熱 |
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発疹の拡がり | 耳の後、顔から体・四肢へと拡がる | |||||
回復期 | 解熱、発疹の色素沈着・自然消退 | |||||
* 感染から発症までの日数 (BZgA/連邦健康教育センターの資料より) |
● あなどれない大人の麻しん
大人は小児に比べ重症化する傾向があります。近年は麻しん予防接種が徹底されていなかったり、1回接種のみの年齢層を中心に大人の患者が増加しています。
● 麻しんの合併症
中耳炎、肺炎など細菌による二次感染、麻しんウイルスによる脳炎などがあります。麻しん自体の死亡率はまれですが、肺炎を合併すると死亡率は約60%、脳炎を合併すると死亡率は約15%に増えます。
● 早産や流産のリスクも
妊娠中に麻しんを発症すると、早産や流産をきたすことがあります。麻しんの既往が明らかでなく、1回しか接種を受けていない場合は、妊娠前にできるだけワクチン接種(ドイツではMMRワクチン)を受けてください。妊娠中は生ワクチンであるMMRワクチンの接種は受けられません。
● 修飾麻しん
麻しんワクチン接種から数年が経ち、抗体が低下した人が麻しんに罹患(りかん)した際には、通常とは異なる軽い経過をとることがあります。前駆症状、発疹は軽く、短い期間に回復します。
麻しんの予防と治療
● 接種歴不明の人はワクチン接種を
ドイツに暮らす1970年以降生れ、18歳以上の邦人の方も2回接種したか不確かな場合には、麻しんワクチンの追加接種を受けるようにしましょう。詳しくは掛かり付けの医師(Hausarzt/-ärztin)に相談してください。
● 麻しんウイルス抗体
血中の麻しんウイルス抗体価を測ることで、予防効果の有無を知ることができます。しかし、例えばTKなどの公的疾病保険組合(Krankenkasse)に入っている場合、抗体価測定より麻しんワクチン(MMRワクチン)の接種をすすめています。
● 治療は対象療法
基本的な治療は対症療法です。特に麻しんウイルスの特効薬はありません。
● 幼稚園・学校の再登園・再登校の目安
ドイツでは症状が回復して最初の発疹が出現してから少なくとも5日間以上経過していれば可。日本では解熱して3日を経過するまで自宅療養となります。