ジャパンダイジェスト

医療機関での署名

初めてドイツの開業医院で受付をしたら「この書類に署名してください」と言われました。さらに診察時にレントゲン科でも書類にサインをしました。日本の病院ではこのような署名をしたことがなかったので不思議です。署名をしないと診察や検査を受けられないのでしょうか?

Point

  • ドイツでの署名には大切な意義があります
  • 同意文書への署名は内容の理解が基本
  • 署名には署名した日付も記載
  • 初診では、いくつかの書類への署名が必要なことも
  • 検査・治療の際にも署名を求められることも
  • プライベート保険加入時の病名申告は正確に 

ドイツで署名(Unterschrift)

「サインは実印なり」

これは「ドイツ人の価値観」(岩村偉史著/三修社/2010年刊)という本で述べられていることで、「契約社会のドイツでは、サインは大切なものである。むやみにサインをしてはならない」と書かれています。一方、ドイツの医療機関では、署名しなければならない機会が多くあります。

署名と記名の違い

署名 記名
本人による手書き(自筆) 名前を書くこと(印字も可)
法的な効力が高い 法的な効力は乏しい
ボールペン、万年筆などで パソコン入力、代筆可

診療における患者データ

電子カルテ(診療記録)へのデータ保存の同意

ドイツでは「医師就業規則」により、医療機関での診療経過を記した診療記録(Krankengeschichte)の作成と保存が義務付けられています。最近は紙の代わりに公的疾病保険組合への診療報酬請求とも連動している、コンピューターの「電子カルテ」(elektronische Gesundheitsakte、eGA)が用いられるように。2018年の5月より施行された「EU一般データ保護規則」(GDPR)では、個人の氏名・住所を含む個人データの電子保存には本人の同意が必要になりました。

診療内容の開示と本人の同意

医師には診察上知り得た患者の情報を外部に漏らしてはいけないという守秘義務(Schweigepflicht)があり、一部の伝染病などの例外を除き、個人の氏名を含めた診察記録の内容が第三者(家族、勤務先、加入している疾病保険会社含む)に提供されることはありません。例えば、プライベート疾病保険会社が患者の診療に関して医師への質問を必要とする際は、加入患者の同意署名が必要となります。

医療機関を訪れる際

署名が求められる可能性のある状況

保険加入時 • 治療中の病気の申告(P*)
受診時 • 電子データ保存への同意
• 治療中の病気、薬の申告
• 支払いへの同意(P)
• 外部の請求代行会社への委託の同意(P)
検査 • 検査の説明と同意(すべての検査ではない)
治療 • 手術、特殊な治療に関する説明の理解と同意
臨床研究 • 臨床研究への参加の同意

*P = プライベート疾病保険

自分の既往疾患・現病歴の申告

初めての医療機関を受診する際に、治療中の病気(例えば、糖尿病)や服用している薬(例えば、降圧薬)を所定の用紙に記入、署名を求められることがあります。新たな治療が既知の病気を悪化させたり、治療薬の薬物相互作用を防ぐ観点からも重要だからです。

支払いについての同意

公的疾病保険では予め保険適用となる範囲が決まっており、保険適応の枠を超える治療、検査は自費負担となります。プライベート疾病保険患者への医師からの請求もドイツの診療報酬基準(GOÄ)に則って算定されますが、加入者である患者との契約内容によりカバーされる範囲も異なります。そのためほとんどの場合、疾病保険会社からの払い戻しの有無に関わらず、受診者が検査や治療に対する請求額の支払いをする旨の同意書が求められることになります。

診療費の請求業務代行会社への委託の同意

規模が小さく会計担当スタッフを置いていない一般の開業医(プラクシス、Praxis)では、プライベート疾病保険患者の診療費の請求を外部の請求代行会社へ委託していることが少なくありません。患者の氏名、住所、検査や処方薬の有無へのアクセスが必要となるため、そのことへの同意が必要となります。

疾病保険への加入時の申告

プライベート疾病保険での留意

日本で受けていた治療の継続を希望する場合には、プライベート疾病保険への加入時に必ず申告しておいてください。「何もなし」と書いて署名すると、いざ必要な時に保険の適応範囲内にならなかったり、以降の保険料が高くなることも起こりえます。

特殊な検査をする際

検査を安全に行うための確認

放射線科で行うマンモグラフィー検査の前には、ピルやホルモン剤の使用の有無、しこりの有無などを記載したり、磁石を用いるMRI(核磁気共鳴検査、ドイツではMRT)の際は、検査画像に影響を与えたり、発熱する可能性のある貴金属類を身に付けていないか、強力な磁石で壊れる可能性のある心臓ペースメーカーが体内に入っていないか、などを確認して署名します。造影剤を用いる検査では以前に副作用の既往がないか、造影剤検査に同意するかなどの質問に答えるようになっています。

検査の手技とリスクを説明

胃カメラや大腸カメラなど麻酔を用いたり侵襲の可能性のある検査では、麻酔による不利益(例えば、検査直後のふらつき感)の可能性、検査中・後に起こり得るリスクについての説明があり、多くの場合「説明を受けたこと」「内容を理解したこと」「検査に同意すること」を確認・署名して検査を受けます。

治療の選択の同意

手術・化学療法などの同意

治療に不可欠な手術を行う場合にも、手術の目的、方法の概略、起こり得る不利益の可能性、ほかの治療法の可能性についての説明があり、理解した上で同意の署名を行います。がん治療における抗がん剤の投与などの特殊な治療を行う際も同様です。

迷った時は

よく理解しないまま署名をしてしまうことも少なくありません。気になるような印象を持ったらドイツ語に詳しい人に見てもらうか、一旦持ち帰ってかかりつけ医に相談するのも一案です。

高額な治療への同意を急かされた時

臨床上の緊急性が乏しいにもかかわらず、高額な治療費を伴う処置は、加入している疾病保険でカバーされるか、今急いで行う必要があるのか、一旦考えてから判断することも大切です。医療機関と提携している弁護士が間に入って金額の提示をしたり、早急な同意署名を求められる場合には、特に冷静さが必要です。

臨床研究目的の検査や治療

新しい治療法(例えば、新薬)を従来の治療法と比較する臨床治験や、患者の血液を用いて検査(遺伝子解析を含む)、患者のデータを用いての解析などは、研究が事前に倫理員会での承認を受けたもので、患者がその目的と研究デザイン、起こり得る不都合を十分の説明を受けた上で同意署名することが必要です。臨床研究への参加者は不利益を被ることなく、いつでも臨床研究への参加の取りやめを申し出ることができます。

必要な署名がない時

同意なしと判断

ドイツは契約社会ですので、原則的に本人の同意なしには次のプロセスである検査や治療へ進むことはできません。

事前指示書 Patientenverfügung

交通事故や脳血管障害で意志の表示はできない状態の時のために自身の「治療に対する希望」を前もって記載しておく、「事前指示書」という法的効力のある仕組みがあります(詳しくはドイツニュースダイジェスト1065号を参照)。

 
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馬場恒春 内科医師、医学博士、元福島医大助教授。 ザビーネ夫人がノイゲバウア馬場内科クリニックを開設 (Oststraße 51, Tel. 0211-383756)、著者は同分院 (Prinzenallee 19) で診療。

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