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エネルギー革命の請求書

ドイツは世界の先進工業国の中で、環境保護に最 も力を入れている国だ。そのことはメルケル政権が今年秋、「エネルギー・コンセプト2050」という野心的な二酸化炭素(CO2)削減計画を打ち出したことにも表われている。

この構想によると、ドイツはCO2の排出量を2050年までに1990年比で80%削減する。環境保護を重視する緑の党や社会民主党(SPD)だけではなく、キリスト教民主同盟(CDU)など保守政党もCO2削減に真剣になっているのが興味深い。つまり環境問題は、この国では党派の壁を超えた、市民の関心事なのである。

ドイツ人はこの国を「低炭素社会」に変えようとしているわけだが、エネルギー革命が市民や企業に及ぼす経済的な負担について、激しい議論が起きている。

ドイツ政府が最も大きな期待をかけているのは、風力発電や太陽光発電など、再生可能エネルギーの拡大だ。再生可能エネルギーが発電や暖房などを含めたエネルギー消費量に占める比率は、2009年には約10%だったが、2050年には60%まで引き上げられようとしている。

また2009年には電力消費量のおよそ16%が再生可能エネルギーによってまかなわれていたが、今後40年間以内にこの比率を80%まで増やすという。

メルケル政権はかつてシュレーダー政権が実施した脱原子力政策を修正し、現在運転されている17の原子炉の稼動年数を平均12年延長することを決定した。政府は原子力を、再生可能エネルギーが普及するまでの「つなぎ」のエネルギー源と見ている。

だが、現在再生可能エネルギーの比率が急激に高まっているのは、政府が風力や太陽光で作られた電力を、ほかの電力に比べてはるかに高い値段で買い取っているからだ。その買取価格は、我々の電力料金に税金として上乗せされている。たとえば連邦カルテル庁によると、今年ドイツ市民や企業が再生可能エネルギーで作られた電力の助成金のために負担する額は90億ユーロ(約9900億円)だが、来年は150億ユーロ(約1兆6500億円)にはね上がる。連邦カルテル庁は助成金を大幅に減らして、自由競争の原理を取り入れるべきだと主張している。

さらに、CO2対策の第二の柱である暖房効率の改善についても、批判の声が出ている。政府は2050年には建物からのCO2排出量を80%減らすことを目指している。そこで暖房効率を引き上げてエネルギー消費量を減らすために、2020年から段階的にアパートや民家のリフォームを開始する。

だが建設省によると、ドイツの2300万棟の住宅などから排出されるCO2をゼロにするには、2.4兆ユーロ(約264兆円)もの費用がかかる。80%減らすにしても100兆円を超える投資が必要なことは間違いない。このため不動産業界や住宅の所有者たちからは、強い批判の声が出ている。政府が財政赤字や公共債務を減らそうとしている中、巨額の費用をどこから捻出するのかについて、メルケル首相は明確な答えを出していない。

またドイツだけがCO2を減らしても、中国、インド、米国などが国際的な合意の下に本格的にCO2を減らす努力を始めなければ、地球温暖化にブレーキをかけることは難しい。ドイツ企業だけが、CO2削減のための費用を負担させられることによって、国際的な競争力が下がる危険もある。

「エネルギー・コンセプト2050」は、ドイツ人の環境ロマン主義を象徴する大胆な計画だが、その実現への道はかなり険しいものになるだろう。

29 Oktober 2010 Nr. 840

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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