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どこへ行く領土紛争

日本と中国、そして日本と韓国との間の領土紛争に関するニュースが、ドイツでも大きく伝えられている。特に尖閣諸島(釣魚台)については、両国の対立がエスカレート。日本政府が一部の島を地権者から約20億円で購入したことで、中国側が強く反発した。

9月中旬には中国の約100カ所の都市で反日デモが繰り広げられ、参加者の数は10万人に上ると推定される。この内、青島市や蘇州市ではデモの参加者の一部が暴徒化。日本企業の工場が破壊されたり、日本人が経営する商店が略奪されたりする被害が出たほか、日本人学校が休校に追い込まれ、道に停めてあった日本車が破壊された。

中国では、通常デモが禁止されている。大使館や領事館に卵やペットボトルが投げ込まれるのを警察官が制止しないのは、政府が日本に対する抗議活動を事実上許可していることを示している。現地から伝わる情報によると、このデモは市民の自発的な行動というよりは、政府の意思で強くコントロールされたものだったようだ。この秋の中国共産党の党大会を控え、中国政府は日本に対して領土問題で弱腰を見せた場合、大衆から突き上げを食う。このため、激しい抗議行動を許したという見方もある。いずれにせよ、意見の対立を言論ではなく暴力で解決しようという姿勢は言語道断である。

ナショナリズムは、中国政府にとって都合の良い道具だ。中国では所得格差が拡大する一方で、経済成長が鈍化しているため、政府への不満も高まっている。中国政府にとっては、市民の怒りが日本に対して向けられ、日本企業や商店に対する破壊活動という形で表面化すれば、社会に蓄積した不満の「ガス抜き」ができるという利点がある。

尖閣諸島の領有権については、日本と中国の主張が平行線をたどってきた。このため1978年に締結された日中平和友好条約のための交渉では、両国は領土問題を棚上げした。両国は、領有権をめぐる対立が日中国交回復という大きな目的を妨げることを避けたのだ。だが今回、東京都の石原慎太郎知事が、一部の島を購入する計画を発表したため、野田政権が慌てて購入契約を締結。尖閣諸島をめぐる対立は、34年間にわたる「冷凍保存状態」から取り出され、一大外交問題に発展した。石原氏の筋書き通りの展開である。日本経済は、中国経済に依存している。このため、今後両国間の関係がさらに悪化した場合、日本の企業活動に支障が出るかもしれない。

ドイツ人が好む見方に、「今回の対立は単なる領土問題ではない」という意見がある。「日本政府が第2次世界大戦について批判的に対決せず、被害国に対して“過去は水に流そう”という姿勢を取ってきたことにも原因がある」という見方だ。だが、こういったドイツ人の見方に抵抗を感じる読者の方もいるだろう。日独の状況を単純に比較することはできない。

なぜ今、欧州には深刻な領土問題がないのだろうか。ドイツは、周辺諸国との和解のため、領土問題では譲歩してきた。例えば、かつて何百万人ものドイツ人が住んでいたシレジア地方は、戦後ポーランド領となった。ドイツ政府は、東西ドイツ統一の際に、ポーランドとの国境を変更しないことを確認。これは、旧連合国が東西統一を承認する条件の1つだった。シレジアから追放され、財産を失ったドイツ人は、故郷への帰還の道を完全に閉ざされた。旧ユーゴの内戦以降、欧州では領土紛争は起きていない。欧州人たちは小異を捨てて大同を取り、ナショナリズムを減らす道を選んだ。

日本では、戦前・戦中の体制が戦後も部分的に継続したことや、アジア諸国で内戦が激化したこともあり、日本と被害国との和解は、欧州ほど進まなかった。天然資源の少ない日本は、ドイツと同じ貿易立国であり、グローバル化の波に乗らなければ生き残れない。ナショナリズムの高まりは、グローバル化に逆行する。アジアの島々をめぐる領土紛争が、一刻も早く下火になることを切望する。

28 September 2012 Nr. 938

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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