ジャパンダイジェスト

アテネの絶望

2月上旬、ギリシャの首都アテネ。議会の建物に面したシンタグマ(憲法)広場や大学周辺は、騒然とした雰囲気に包まれた。2月12日に国会議員たちが歳出削減と経済改革のための法案について議論していた時、法案に反対する8万人のデモ隊に紛れ込んでいた過激派が警官隊と衝突。暴徒は商店やビルに放火しただけではなく、銃砲店を襲って拳銃や弾薬を盗み出した。

多くのヨーロッパ人が、一種の「既視感(デジャ・ヴュ)」つまり「過去に見たことがある」という感覚を持って、この騒乱を眺めたに違いない。実際、ギリシャの債務危機をめぐっては、同じプロセスが終わりのない映画のように、何度も繰り返されているのだ。

EUと国際通貨基金は、多額の援助を行なう代わりに、ギリシャ政府に緊縮政策の実行を要求する。ギリシャ人は法案を可決するが、法律ができても政策が実行されないので、EUへの約束は守られない。すると、ギリシャの国債の償還期日が近付く。同国はEUの支援を受けなければ、何兆円もの金を返すことはできない。このためEUと国際通貨基金は、「歳出削減と経済改革を真剣に行なわなければ、支援を続 けられない」と圧力を高める。

ギリシャ人は「外国による干渉だ」と抗議し、デモ隊と警官隊が衝突して多数のけが人が出る。しかし政治家たちは国を破産させたくはないので、EUの金を受け取れるように新たな法案をぎりぎりの所で可決させる。EUは法案の通過を見て資金援助するので、同国は破たんを免れる。2009年末以来、こうした過程が無限連鎖的に続いているのだ。

ギリシャでは、国債の次の償還日が近付けば、またアテネで同じ騒ぎが繰り返されるだろう。アテネ の中心部とブリュッセルの官庁街には、言いようのない絶望感、脱力感が漂っている。今のところ火消しに成功しても、危機は間欠泉のように、一定の周期をもって噴出するのだから、徹夜の審議や首脳会 議は何のためなのかという、無力感を多くの政治家が抱いている。

ギリシャが2024年までに返済しなくてはならない借金の額は、3371億ユーロ(33兆7100億円)に上る。今後3年間だけでも、毎年約3兆円の返済を迫られる。だが農業と観光以外に重要な産業がないギリシャの台所は、すでにパンク状態だ。

2010年からEUなどが支援しているにもかかわらず、欧州統計局の推計によると、2011年のギリシャの国内総生産(GDP)は5.5%減少した。同国の経済は2008年以来、毎年収縮しつつある。パパデモス首相は、2月12日に国会で行なった演説で、「我が国は崩壊の一歩手前にある」と国民に訴えた。緊縮政策のために不況は悪化する一方で、若年者の失業率は50%近い。それにもかかわらず、ギリシャ政府は今後5年間で15万人もの公務員を解雇しなくてはならない。今年1年間だけでも1万5000人が路頭に迷うことになる。EUが求めている最低賃金の引き下げや国営企業の民営化によって、景気はさらに悪化するだろう。

ドイツのショイブレ財務相は、「ギリシャ救済は、東西ドイツの統一よりも難しい」と語った。ギリシャでは右派政党が、ドイツを悪者に仕立てるキャンペーンを展開している。ある大衆新聞は、ハーケンクロイツ(鉤十字)の腕章を付けたメルケル首相の写真を一面に掲載した。ギリシャ人たちの我慢は、どれだけ続くだろうか。EU内では、ユーロ危機との戦いの先頭に立つドイツに対する反感が強まっている。 公的債務問題が、ヨーロッパの団結にヒビを入れ、ナショナリズムを復活させることだけは避けなくてはならない。

24 Februar 2012 Nr. 907

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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