債務危機の炎は、ギリシャだけでなくスペインにも広がり始めた。同国の10年物国債の利回りは、7月末に一時7.6%というユーロ導入以来の最高水準に達した。利回りが7%を超えると、普通マーケットで国債を売るのが困難になる。同国では、多くの金融機関が不動産バブルの崩壊によって多額の不良債権を抱えている。スペイン政府にはこれらの銀行を援助する金がないので、同国はEUに対して銀行救済だけを目的とした融資を申請。しかしこの融資を受けたために、国内総生産(GDP)に占める債務比率が急激に上昇し、国債を売るのが難しくなっているのだ。銀行危機と債務危機の悪循環である。同国では若年層のほぼ半数が失業するなど、不況の影響も深刻になりつつある。
このためスペインのラホイ政権は、欧州中央銀行(ECB)に「わが国の国債を買って、利回りを引き下げるのを手伝って欲しい」と泣きついた。これに対し、ドイツ政府は猛然と反対した。欧州通貨同盟の法的基盤であるリスボン条約は、ECBが加盟国の国債を買うことを禁じているからだ。ドイツ連邦銀行は、 反対の理由を、「ECBによる国債買い上げは、印刷機を使ってユーロ紙幣を大量に印刷し、過重債務国に金を貸し出すことを意味する。ECBが援助してくれるとわかれば、南欧諸国は痛みを伴う経済改革を怠るだろう」と説明している。さらに、大量の通貨がユーロ圏内に出回ると、インフレの危険も強まる。
ECBは2010年5月以来、ギリシャなどの国債2115億ユーロ(21兆1500億円・1ユーロ=100円換算)相当を買い上げて、過重債務国を支援した。ドイツなどの反対により、現在では買い上げを行っていない。
しかしドイツは、EUの中で徐々に孤立しつつある。フランスやイタリアなどの首脳は、少なくともECBがスペインなどの国債を買い取るべきだという意見に傾きつつある。7月26日には、ECBのマリオ・ドラギ総裁(彼はイタリア人である)が、「ユーロ防衛のため、ECBは与えられている権限の範囲で、必要なことは何でもする」と発言して全世界の注目を集めた。市場関係者が「ECBが近くスペイン国債の買い上げに踏み切る」と予想したため、一時スペイン国債の利回りが下落している。
ユーロ圏加盟国のリーダーであるジャン・クロード・ユンカー氏は、7月30日に「ドイツは、ユーロ問題に国内政治を持ち込むべきではない。もしも他の加盟国がドイツのように振舞ったら、ユーロ圏は崩壊の危機にさらされる」とドイツの態度を批判した。「ドイツは自分の国の繁栄と安定ばかり考えて、困っている南欧諸国を助けようという態度に欠ける」という批判が高まっているのだ。
ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者ポール・クルーグマンも、「緊縮と節約だけを求めるドイツの路線は間違っている。ユーロ圏の成長を促す政策に切り替えるべきだ」と述べている。各国からの圧力が高まる中、メルケル政権は国債買い取りや欧州安定メカニズム(ESM)の銀行化などに反対する姿勢を固持できるだろうか? 今年の夏から秋にかけて大きな転機が来るかもしれない。
10 August 2012 Nr. 931