ジャパンダイジェスト

エコ電力助成制度改革、「勝者は産業界・敗者は庶民」

4月8日、メルケル政権は再生可能エネルギー促進法(EEG)改革法案を閣議決定した。ジグマー・ガブリエル経済相(社会民主党=SPD)は、「この改革によってエネルギー革命(Energiewende)は新たなスタートを切る。我々は再生可能エネルギーを拡大するだけでなく、その透明性と安定性を高める」と述べて、法案の重要性を訴えた。

コスト増に歯止めを!

メルケル政権がこの法案を打ち出したのは、太陽光や風力など、再生可能エネルギー拡大のためのコストが年々増大し、産業界や消費者団体から苦情が出ていたためだ。今年、電力消費者が負担する助成金の総額は236億ユーロ(3兆3040億円、1ユーロ=140円換算)に上る。シュレーダー政権がEEGを施行させた2000年と比べ、約26倍の増加だ。電力を1キロワット時消費するごとに市民や企業が支払う助成金の額も、13年は前年比47%、14年には18%増えた。

ガブリエル経済相の狙いは、この助成金の増大に歯止めを掛けることにある。例えば、今年8月1日以降に建設される発電装置(出力500キロワット以上)については、その電力を卸売市場で直接売ることを義務付ける。将来は、市場で売らなければならないエコ電力の比率が拡大していく。

ガブリエル経済相
ガブリエル経済相(SPD)

弱められた改革案

だが、300ページを超える法案を読むと、ガブリエル氏が今年1月に打ち出した改革案の骨子に比べて、緩和された点が多いことに気付く。その理由は、産業界や一部の州政府がガブリエル氏の最初の提案に猛烈な集中砲火を浴びせて見直しを迫ったからだ。

例えば、ガブリエル氏は当初、「毎年新しく設置される陸上風力発電の発電容量を2500メガワットに限定する」と上限を設定していた。しかし、メクレンブルク=フォアポンメルン州など、風力発電を重視する州政府はこの上限に反対。北部の州が連邦参議院で法案をブロックすることを防ぐために、ガブリエル氏は「古い発電プロペラを更新する場合には、その分は新規の発電容量には含まない」という一文を盛り込まざるを得なかった。

さらに、洋上風力発電装置についても、助成金額の削減幅が今年1月の提案に比べて緩和された。これも北部の州政府の圧力によるものだ。北部の州政府は、ガブリエル氏の改革法案によって、洋上風力発電プロジェクトに資金を出す投資家が尻込みすることを懸念していた。

産業界の権益を保護

また、ガブリエル氏はドイツの産業界に対しても大幅に譲歩した。彼は1月の提案の中で、産業界のEEG助成金の負担を大幅に増加させることを計画していたが、もともとアルミニウム製造企業や製鉄業、化学メーカーなど、電力を大量に消費する企業については、EEG助成金の負担が減免されていた。電力コストによって、企業の国際競争力が弱まることを防ぐためである。現在、2098社がこの減免措置を受けており、これらの企業が支払いを免れているEEG助成金の総額は、毎年約51億ユーロ(約7140億円)に上る。

だが、この減免措置については、緑の党や消費者団体から是正を求める声が上がっていた。個人世帯や中小企業などは、減免措置を受けられないからである。さらに欧州委員会も、「EEG助成金の減免は国内企業への保護措置であり、欧州連合(EU)の法律に違反する」として調査を開始していた。

このためガブリエル氏は、EEG助成金の減免措置を受けられる企業の数を1600社に減らすことを決定。ただし、これらの企業が負担するのはEEG助成金の15%に過ぎず、助成金負担には企業収益の4%までという上限が設けられている。このため、51億ユーロの節約額は変わらない見通し。ここに、電力を大量に消費する企業に対する配慮が感じられる。ドイツ産業連盟(BDI)やドイツ商工会議所連合(DIHK)が、「電力コストが高騰するなら、企業は生産拠点をドイツから国外へ移す」と反対キャンペーンを行ったのが功を奏した。

また、自家発電についてもガブリエル氏は産業界に譲歩した。現在、自家発電による電力についてはEEG助成金が課されていないが、同氏はこの例外措置を廃止する方針だった。しかし今回の改正案によると、8月1日以前に稼働した自家発電装置についてはEEG助成金が免除され、それ以降に稼働する自家発電装置についても、EEG助成金負担は最高50%に制限される。

個人世帯の負担は増加へ

改革法案が緩和された結果、個人世帯の助成金はすぐには下がらない。2020年の時点で1キロワット時当たりのEEG助成金は、現在より0.2セント高くなる。個人世帯が1年間に払うEEG助成金は現在よりも7ユーロ増える。大企業が有利になり、庶民が相対的に重い負担を抱えるという構図は変わらない。

ベルリンのドイツ経済研究所(DIW)のクラウディア・ケムファート研究員は、「今回の改正案は抜本的なものではなく、ミニ改革。勝者は産業界と言える」とコメント。メルケル政権は結局、産業界と一部の州政府の権益を重視したようである。ドイツでは毎年、電力料金を支払えないために、およそ35万世帯が一時的に電気を止められている。消費者団体からは、さらに踏み込んだ改革を求める声が高まるに違いない。

18 April 2014 Nr.976

 

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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