今年は日本映画の名匠、小津安二郎(1903~1963)の生誕120年に当たります。これを記念して、この10月に国際交流基金とベルリンのアルゼナール映画館(Kino Arsenal)の共催で小津映画の記念特集上映会が開催されました。
私がベルリンで観た小津映画といえば、真っ先に思い出すのが2003年の生誕100年の機会です。ベルリン国際映画祭で特集が組まれたほか、やはりアルゼナール映画館で行われた回顧展では小津の全作品が上演され、連日熱気に包まれました。小津映画から大きな影響を受けたというヴィム・ヴェンダース監督の姿もあり、ドイツにおける小津の根強い人気を目の当たりにしたものです。
今回上映された4作品は、いずれも最新の4K デジタル修復版。最初に観た「非常線の女」(1933年)は小津の知られざる初期作品で、暗黒街を舞台にした和製ギャング映画です。田中絹代と岡譲司 のコンビがいい味を出しており、幕切れに後の小津作品に欠かせない存在となる笠智衆 が警官役で登場して思わずニヤリ。テンポの良いこの無声映画に、ピアニストのユーニス・マルティンス氏が見事な即興演奏を添えました。
映画「東京物語」より
続く「東京物語」(1953年)は言わずと知れた映画史に残る名作。私自身すでに何度か観ていますが、家族という普遍的な主題を取り上げたこの作品は、時を重ねて観ることで新たな視点や気づきを与えてくれます。数年前に初めて訪れた尾道の記憶が、映画の中の情景と重なり合いました。
「お茶漬けの味」(1952年)と「早春」(1956年)は、いずれも夫婦関係をテーマにした作品。後者では、デビューしたばかりの岸恵子がまぶしいばかりの魅力を放っていました。また、新幹線開業以前の東海道線の旅や、高度経済成長の幕開けを予感させる朝のラッシュシーン、食堂でのラーメンやトンカツ、パチンコや野球の試合など、当時の日本人の生活や風俗を垣間見られたのも楽しかったです。今回4作品を観て、地元の観客の間で最も笑いが起きたのは、意外にも上演時間が小津作品の中で最長の「早春」でした。
映画「早春」より池部良と岸恵子
今回の生誕120年記念上映会は、ケルン日本文化会館(11月17日(金)~12月16日(土)に6作品)とハンブルクの映画館Metropolis Kino(12月3日(日)~12月23日(土)に5作品)でも開催されます。近くにお住まいの方は、この機会に小津映画の神髄に触れてみてはいかがでしょうか。