ジャパンダイジェスト

ナチズムを現代に伝える「つまずきの石」

先日、ハンブルク大学近くの通りを歩いていたときのこと、歩道に四角い小さな金属板が埋め込まれていることに気が付きました。しばらく歩くとまた同じような金属板が……。良く見るとそこには文字が刻まれており、例えば「ここで勉強していたヘドヴィッヒ・クライン(1911年生まれ)は1939年にインドに亡命しようとしたが失敗し、1942年に国外退去させられ、アウシュヴィッツにて殺された」と書かれているではありませんか。1つの金属板につき1人の名前が書かれており、強制国外退去の年とその後の消息が書かれています。

興味が湧いたので早速調べてみたところ、これは1993年に始まった「Stolpersteine(つまずきの石)」と呼ばれるプロジェクトであることがわかりました。プロジェクトの創始者は、ケルン在住の彫刻家グンター・デムニッヒ(Gunter Demnig)氏です。それまでにも、ナチズムの歴史を風化させないために大きな記念碑は建てられていましたが、デムニッヒ氏は、それだけでは日常生活の中で常に記憶を維持していくことは難しいのではないかと考えました。そこでユダヤ人をはじめ、ナチス・ドイツの犠牲となった方々1人ひとりを記念し、彼らが実際に住んでいた場所に「つまずきの石」を設置することを思い付いたのです。

ハンブルク「つまずきの石」
1人ひとりの情報が刻まれている「つまずきの石」

つまずきの石は縦10cm×横10cm×高さ10cmのコンクリート。その上に真鍮板(しんちゅうばん)が貼られており、文字が摩擦によって消えないように深く刻み込まれています。石は犠牲者が捕えられるまで生活していた家の前の公道(歩道)に設置されるので、勝手に置くわけにはいかず、役所の許可を得なければなりません。さらに、現在その家に住んでいる人の反対もあり、これまでの道は平坦ではなかったようです。

このプロジェクトの特徴は、1つひとつの石にスポンサー(ドイツ語で“Pate”)が付いていることです。スポンサーは石1個につき95ユーロを支払い、その石に対して責任を持ちます。設置するだけで終わりではなく、定期的に掃除をしたり、磨いたりもするそうです。スポンサーは個人でも団体でもOKで、現在も募っているとのことです。

このプロジェクト、ドイツだけでなくほかのヨーロッパ諸国にも広がっており、現在までにどのくらいのつまずきの石が設置されているのかは分かりませんが、ハンブルク市内だけでも2800くらいあるそうです。「つまずきの石が多く設置されるほど人の目に留まる機会が増え、過去の出来事について興味を持って考える人が増えてくる。歴史を風化させてはならない」とデムニッヒ氏。あなたの街でも、つまずきの石を探してみませんか?

www.stolpersteine.com

ハンブルク
設置される前の状態の石

井野さん井野 葉由美(いの はゆみ)
ハンブルグ日本語福音キリスト教会牧師。イエス・キリスト命。ほかに好きなものはオペラ、ダンス、少女漫画。ギャップが激しいかしら?
 
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