ジャパンダイジェスト

終わりなきギリシャ危機の行方

今年、欧州への関心が日本の言論界や経済界で急激に高まっている。日本人に「欧州は一体どうなるのだろう」と思わせているのが、ギリシャ危機の再燃だ。

巨額の借金に悩むギリシャ

ギリシャ政府の債務危機が発覚したのが、2009年12月。その後、約5年間にわたり欧州連合(EU)加盟国と国際通貨基金(IMF)から総額2400億ユーロ(31兆2000億円・1ユーロ=130円換算)の融資を受けてきた。しかし同国の経済状態は改善せず、公的債務の国内総生産に対する比率は175%に達している。

状況を決定的に悪化させたのが、今年1月末の選挙結果。勝った極左政党が右派政党と連立して、反EU色の強いポピュリスト政権を誕生させたことだ。チプラス首相は、国民に対してはEUが融資の条件として要求した緊縮策や経済改革をストップさせ、低所得層の税金免除や、貧困層に対する食料や電力の無料供給、解雇された公務員の復職などを約束している。

しかし、ギリシャ政府はEUとIMFの金に依存している。同国は、3月から12月までの間に174億ユーロ(2兆2620億円)の借金と利息を返済しなくてはならないが、ギリシャ政府の金庫は事実上空になっており、公務員の給料すら支払うのが難しい状況だ。ギリシャ政府は、今年だけでも200億ユーロ(2兆6000億円)の追加融資、今後5年間で400億ユーロ(5兆2000億円)の追加融資が必要となる。

チプラス政権の二枚舌

EUのギリシャ向け支援プログラムは、今年2月末で終わる予定であった。このためチプラス政権のバルファキス財務相は、2月20日にブリュッセルで開かれたユーロ圏財務相会合で、「ギリシャ政府は欧州のパートナーや諸機関、IMFと緊密に協力し、国家財政の健全化、金融システムの安定化、経済復興の促進のために努力することを約束する」と述べ、合意文書に署名した。しかしこの文書の内容は総花的で具体性を欠いているほか、「前政権がEUに対し、これまで約束した緊縮策を実行する」とは書かれていない。「借金や利子をきちんと支払う」とも書かれていない。このためユーロ圏加盟国の財務相たちは、4月末までにチプラス政権がより詳細な施策リストを提出するという条件で、支援プログラムの延長を認めたのだ。

ところが、チプラス首相とバルファキス財務相は、「二枚舌」を使い始めた。バルファキスはこの合意後、ギリシャ政府がユーログループに対して債務の削減を求めていくことを明らかにして、ほかのユーロ圏加盟国をあぜんとさせた。彼は、「ユーログループとの合意文書は、ギリシャ支援に批判的な国々の合意を得るために、わざと曖昧にした」とすら語っている。

つまりバルファキスは、EUからの融資を引き出すために、他国の財務相との交渉では「経済改革を実施する」と約束しながら、自国民には「EUからの攻撃にもかかわらず、選挙前の公約、つまり緊縮政策の拒否と債務削減の要求は維持する」というメッセージを送っているのだ。ユーログループは3月9日にも会合を持ったが、この場でもギリシャ政府は具体的な提案を示さなかった。それどころかバルファキスは、「ユーログループが我が国への融資を行わないのならば、国民投票や再選挙によって、国民に緊縮策を続けるかについての民意を問う」と発言し、他国の財務相らの神経を逆撫でした。もしも国民投票や再選挙が実施されれば、有権者の圧倒的多数が緊縮策の廃止や債務削減を要求することは確実だからだ。

またチプラス政権の国防相で、連立政権のパートナーである右派政党のカメノス党首は、「もし他国がギリシャを支援しないのならば、我々は難民に渡航に必要な書類を渡して、ベルリンに送り込む。大量の難民の中に、テロ組織「イスラム国」の戦闘員が混ざっていたとしても、それは欧州の責任だ」と脅迫めいた発言をしている。ドイツ財務省は、「チプラス政権の振る舞いは反則だ」と厳しく批判している。

ギリシャがロシアに接近する危険

私は、2月20日にギリシャが具体的な改革案を示さなかったにもかかわらず、ユーログループが支援プログラムの延長に同意したことで、チプラス政権は「我々はどのような態度を取っても救済される」と判断したと考えている。

その最大の理由は、地政学的な事情だ。ギリシャがユーロ圏を脱退した場合、経済的な混乱が今以上に悪化する。窮地に陥ったギリシャは、ロシアに救援を求める可能性がある。すでにロシア側は、「ギリシャが援助を要請すれば検討する」という態度を見せており、EUはウクライナ内戦をめぐりロシアとの対立関係を深めているが、プーチンにとっては、EUおよび北大西洋条約機構(NATO)のメンバーであるギリシャとの友好関係を深めることは戦略的にプラスとなる。つまりEUは、ギリシャのロシア接近を防ぐために、ギリシャへの支援延長を決めたのだ。

興味深いのは、ギリシャ危機の悪化にもかかわらず、ギリシャ以外の金融市場が平穏を保っていることだ。逆にドイツの株式市場の平均株価は、欧州中央銀行の量的緩和の影響で上昇する一方だ。これは、金融市場が、「万一ギリシャがユーロ圏から脱退しても、通貨同盟全体が崩壊する危険は低い」と判断していることを意味する。

いずれにしても、ギリシャは今後何年間も、欧州の政局の台風の目であり続けるだろう。

20 März 2015 Nr.998

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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