醸造所を持たない「幽霊醸造家」が造る新しい味
北ドイツの古都リューベック。ハンザ同盟の盟主として繁栄し、中世後期には北海やバルト海沿岸地域を拠点に広い地域に商船を送った。黒レンガ造りの美しい建物が並ぶ旧市街地は、ユネスコの世界文化遺産にも登録されている。街の名物は赤ワインRotspon。かつて塩をフランスに輸出し、樽の赤ワインを持ち帰ったところ、北ドイツの寒冷な環境で穏やかに熟成が進み、実際のものよりもおいしいワインになったそう。現在もRotsponはフランス産のワインをドイツで熟成させたものが飲まれている。
リューベックから18㎞ほど北上した沿岸にあるティンメンドルファー・シュトランドはバルト海を望む砂浜が美しい街。夏はビーチバレー、冬はアイスホッケーが盛んだ。この地に、「自社の醸造設備を持たない醸造家」がいる。アイスホッケー選手であったオリヴァー・シュメーケルと愛好家のエリック・ナーゲルだ。試合観戦のため米国に通ううちに現地のクラフトビールの虜になり、自分たちで醸造するようになった。まず小さな設備でレシピを考案し、実際の醸造は規模の大きい醸造所の設備を借りて行う。このように自社の醸造所を持たずにビールを造る醸造家を「ファントム(幽霊)ブルワー」といい、近年クラフトビール界で注目されている形態だ。たとえ同じレシピであってもそれぞれの醸造所の特徴がビールにも表れるのが面白い。
「LET ME BE YOUR HERO,BABY!」は、ティンメンドルファー・シュトランドからさらに18㎞北上した街にあるKlüvers醸造所の設備で、アメリカの手法を用いて造られた。ホップ由来のジューシーでトロピカルな香りと爽やかな苦みが口いっぱいに溢れかえり、飲む手が止まらない。リューベックとフランスが融合した赤ワインRotsponが街の特産品にまでなったように、異なる文化との遭遇がもたらすドイツビールの進化が「文化」に昇華する日も近そうだ。