毎年9月に行われるムジークフェスト・ベルリンは、連日のように著名なオーケストラやソリストが登場することで知られる、華やかな音楽祭です。9月3日、この音楽祭のプログラムの一環で、観世流の伝統を受け継ぐ一派として名高い梅若研能会が公演を行い、大きな話題を集めました。
9月3日にフィルハーモニーで行われた「猩猩」の舞台から
今回の公演は、国際交流基金ケルン日本文化会館の設立50周年を記念した、欧州ツアーの一環として実現したもの。フィルハーモニー大ホールの中に入ると、普段はベルリン・フィルが演奏する舞台上に、仮設の能舞台が設置されており、新鮮な気持ちになりました。フィルハーモニーで本格的な能公演が行われるのは今回が初めてだそうです。
最初の能「猩猩(しょうじょう)」は、酒を好む中国の想像上の動物が、酒の舞を演じる物語。真っ赤な衣装をまとった2人の猩猩役がゆったりと舞い謡うシーンでは、祝祭的な雰囲気に包まれます。続く狂言「雷」では、雷と藪医者の間でコミカルなやり取りが交わされ、ドイツ語の字幕を追って観ている聴衆から、時々笑いが漏れました。もともと木を多く使った音響のいいことで知られるホールだけに、台詞はかなり明瞭に聴き取れ、笛や小鼓など囃子の音楽も心地よく響き渡ります。
3つ目の演目は、老人の悲哀と恨みを描いた「恋重荷(こいのおもに)」。この団体の代表を務める三世梅若万三郎が、女御への恋心を打ち砕かれた老人の亡霊を演じ、その切り詰められた所作に息をのみました。
終演後のカーテンコール。中央が三世梅若万三郎
最後にアンコールの形で「船弁慶」の華やかな舞が舞われ、客席からは大きな喝采が送られました。今回のベルリン公演で特筆すべきは、もともと販売しなかった舞台背後の席を除いて、チケットがソールドアウトになったことでしょう(この日の来場者数は1860人だったとのこと)。公演の実現に協力したベルリン日独センターの清田とき子副事務総長は、「ベルリンのお客さんは新しいもの好きという印象を持っていたので、昔から形を変えずに伝統を受け継いでいる能の舞台に果たしてどれだけ関心を持ってもらえるのか、関係者は気を揉んでいました。でも蓋を開けてみると、7月の時点でチケットは早々に売り切れ。ベルリンという街の文化的な懐の深さを改めて感じた次第です」と語ります。
今年の音楽祭では、能から大きな影響を受けて作曲された、細川俊夫氏やペーテル・エトヴェシュ氏の作品も上演されました。日本人の私にとっても、その「オリジナル」の真髄に触れることができる、大変貴重な機会となりました。