初めての海外生活。慣れない言葉でコミュニケーションを取りながら、街の風景や新しい文化、そこに住む人に少しずつ影響を受け、変化していく。食べ物も、その土地の定番に親しみつつ、現地にあるもので日本食の再現レシピに挑戦したり……そんな海外移住者にとっての「あるある」がたくさん詰まった漫画『思えば遠くにオブスクラ』は、日本でも「海外生活を追体験できる」と話題になっている作品です。今回、その著者である靴下ぬぎ子さんにお話を伺うことができました。
上下巻が秋田書店から発売中です
主人公のカメラマン・片爪(かたづめ)は物語の冒頭、自宅が火事に遭ったこと、そして自身が愛用するレンズがドイツ製である、という理由でベルリンへの移住を決めます。「私も初めての海外生活がベルリンでした。片爪の場合は火事という大きなトリガーがありますが、私の場合はそれもなく、何となく決めたという感じです」と靴下さん。片爪は、音響アーティストの石根と同居し始め、意識や考え方が変化していきます。そこへ片爪の大学の後輩・王子も加わり、最終的には3人でアムステルダムに移住する様子が描かれますが、靴下さん自身に海外移住後の心境の変化を聞いたところ「検証不可能ですね」との答え。「知見が増えた、視野が広がった、と言えなくもないですけど。単に年数分老けただけかな」と語ります。
今はなきテーゲル空港に降り立つ主人公・片爪
片爪たちと同様、靴下さんも現在はアムステルダム在住です。今改めて思う、ベルリンの印象について聞いてみたところ、「『貧しいけどセクシー』という(ヴォーヴェライト元市長の)言葉通りの街だったと思います。お金はないけれど文化的で、みんなそれぞれ過ごしている」とのこと。本作の下巻では、片爪たちは新型コロナのパンデミックに見舞われます。コロナの描写は「入れるか迷ったのですが、描かないのは不誠実だと思いました」と靴下さん。「私は外に出なくても平気なのですが、周りの人は旅行ができなくてストレスが溜まると言っていて。あぁ、そうなのかと。今回のパンデミックで、格差社会のコントラストがより強く見えるようになったと感じています」。
パンデミック下で生活する様子も描かれています
リアルな風景や食事の描写もさることながら、登場人物の繊細な内面も見どころの一つ。主人公のルームメイト・石根は、明るく誰とでも友だちになれる性格ですが、おっちょこちょいな一面を「乱数」呼ばわりされて思い悩む場面も。「私が『乱数』だと思っている友人に、『漫画に描くよ』と正直に話してインタビューしました。その成果が出ているのかな」と、裏話も聞かせてくれました。最後に「ベルリンの持つ多様性が自然に感じられる作品ですね」と感想を伝えると、靴下さんはこう締めくくりました。「入りは海外移住ものですが、徐々に縦軸が移動していく物語だと思います。それをぜひ楽しんでほしいです」。