今年6月から8月にかけて「フランクフルト芸術の夏」と題したイベントが開かれています。このイベントでは市内のアトリエやギャラリー、芸術家や学生が、さまざまな形でアートを提供しており、中でも目玉はアトリエ開放日です。今回、オストエンド地区にある芸術施設「ATELIERFRANKFURT(AF)」の開放日を訪れ、ここにアトリエを持つ日本人芸術家・那須秀至(なすひでゆき)さんにお話を伺いました。
気さくに対応 してくださった那須さん。芸術家と会えるのがアトリエ開放日の魅力
AFには、絵画や写真、映画や広告に至るまで、芸術に関係した約130ものアトリエが並びます。その一角にある那須さんのアトリエに入ると、まずは床に置かれた正方形の作品に興味をそそられました。黒く塗られた大きく四角いお盆のようなものの中に、少量の墨汁を混ぜた水がたっぷりと注がれています。黒い水をたたえ、どこまでも深い奥行きを感じる四角い空間に、思わず目を奪われます。これは那須さんが1990年から作り続けている「水鏡」という作品です。フランクフルトの元カルメル修道院での展示会で、建物内の窓や回廊の風景を作品に取り込めないかと考えて思いついたのが「水鏡」なのだとか。「鏡池」とも呼ばれるこの作品は、水底が見えないからなのか、じっと見ていると底なしの空間に吸い込まれるような感覚に陥ります。アトリエを訪れたドイツ人の方が作品を見ているうちにバランスを崩し、水に足を踏み入れてしまうハプニングがあったほど、誰しも思わず引き込まれてしまう不思議な作品です。
「普段何気なく見過ごしている景色を、水鏡を通して再認識し、空間を感じてもらいたい」という那須さんの言葉通り、部屋の様子や自分自身の影が水面に映し出され、自分を取り巻く世界を強く意識させられました。また「動かしても面白いですよ」と教えられ、霧吹きで水面に水をまいてもらうと、水面がたわみ、波紋が生まれ、また違った表情を見せてくれます。見た目は底が見えない黒い物体なのですが、水と光によって動きを与えることで暗闇に対峙した時に感じた恐怖感とは異なり、不思議と心が静まりました。
また、顔料と蝋を塗ったキャンバスに和紙を重ねてアイロンをあて、染み出た顔料と蝋で自然と浮き出る造形を具現化した作品や、水鏡の水が蒸発した後、底に残ったちりや油が描き出した形を蝋で固めるなどの偶然性を閉じ込めた作品も人気。四角い空間に色が重なり合い、揺らぎ、広がり、独特の奥行きや変化を感じさせてくれます。特殊な技法と、観る者をも作品に取り込みながら展開する作品で、ほかの芸術鑑賞とは違った面白い体験となりました。
顔料と蝋で作り出す空間作品(上)と、周りを映し出す「水鏡」(下)
イベント「芸術家の夏」は8月末まで、市内各地で開催中です。また那須さんの作品は、9月9日までハーナウの「Galerie König」でご覧になれます。この夏は、美術館以外のアート体験を楽しんでみませんか。
那須秀至:hide-nasu.net
2003年秋より、わずか2週間の準備期間を経てドイツ生活開始。縁もゆかりもなかったこの土地で、持ち前の好奇心と身長150cmの短身を生かし、フットワークも軽くいろんなことに挑戦中。夢は日独仏英ポリグロット。