ハノーファーの隣町のヘミンゲンのヴィルケンブルク地区には、約2000年前にローマ軍が露営した跡地があります。その存続を求めて市民が立ち上がりました。 ハノーファー市から南へ1キロほどの一辺500メートルかける600メートルの土地に広がる遺跡は、2015年に発見されました。その後保存を求めて市民有志が団体を立ち上げ、オンラインで6000人の署名を集めて陳情し、それを受けて今年5月州議会で公聴会が開かれました。
インフォポイントで、ローマ時代の演劇や仮面について講演
この件が注目を集めるのは、ローマ軍の遺跡保存という歴史的意義はもちろん、州議会が市民の陳情に答える形で初めて公聴会が開かれたという点です。5000人以上の署名が集まった案件については、6週間以内に州の陳情委員会は対応しなければならないと定められており、誰でも傍聴可。民主主義的なプロセスの1つで、公聴会では約10人の議員や保存団体関係者が意見を述べ 、市民約150人が耳を傾けました。
ローマ軍の露営跡が見つかった場所
畑や草原となっているこの場所に、ローマ軍の露営跡が発見されたのは2015年です。 兵士が移動する際に寝泊りしたところで、 一度に2万人の兵士が露営したと考えられ、硬貨や飾り物など2000点もの出土品が見つかっています。滞在期間は数日から数週間、それが何度か繰り返された可能性があり、現在も調査中です。なかには穴を掘って窯をつくり、粉を挽いてパンを焼いた跡も。「すべての道はローマに通ず」と言いますが、文字通りこの場所もローマに続いていたことが分かります。しかし、この土地の所有者は20年ほど前、砂利を採掘する会社と契約を結んでおり、いずれ砂利が採掘されることになっています。そうなれば遺跡は埋められ、原型を留めなくなってしまうのです。またこの土地からはローマ時代だけでなく、石器時代や中世の出土品も見つかっており、実際に発掘作業をしている州職員は「30年間この部署で働いてきたが、こんなにいろんなものが出てくる場所は見たことがない。歴史的な場所だ」と話しています。
保存を求める市民団体「ローマ共同体ライネ」は、遺跡に隣接する一角をインフォポイントとし、講演会やワークショップを開いています。役員の1人シューバートさんは、「ローマ時代は歴史教科書の中の遠いできごとではない。ハノーファーは2025年の欧州文化首都に応募しているが、この歴史的発見を砂利採掘という経済的な理由で保存しないのはおかしい」と話します。私が訪れたときは、同じく役員で歴史家のハーゲマンさんと化学者のレーマンさんがローマ時代の演劇や仮面について講演し、20人以上が参加。遺跡が保存されればここはハノーファー地域のローマ文化の発信拠点となることでしょう。この遺跡が保存されるのかどうか、州議会の決定に注目が集まっています。
ローマ共同ライネ: www.roemerlager-wilkenburg.org
日本で新聞記者を経て1996年よりハノーファー在住。社会学修士。ジャーナリスト、裁判所認定ドイツ語通訳・翻訳士。著書に『市民がつくった電力会社: ドイツ・シェーナウの草の根エネルギー革命』(大月書店)、共著に「お手本の国」のウソ(新潮新書) など。