ドレスデン市街から、のどかなラーデボイルやマイセンへと続く道の途中に、ひと際目を引く青と赤の建物があります。この一角“Wasapark”は、東ドイツ時代には国営発電所設置計画所(VEB Kraftwerksanlagenbau)として使用されていましたが、現在では道路に面した青い建物の一部が東ドイツ時代の様子を紹介するミュージアム「時間旅行(Zeitreise)」になっています。
ミュージアムの入口では、東ドイツの代表格とも言えるトラバントが出迎えてくれます。冷戦時代の真っ只中に子ども時代を過ごした私は、ソ連およびその周辺諸国に対して未知の世界ゆえの恐れがありました。夫の実家や、すでにタイムカプセルのようになっている祖父母の旧宅を通して東ドイツ市民の日常生活には触れてきたつもりでしたが、このミュージアムで展開する“東”の世界には圧倒されました。
ホーネッカー議長の写真とレーニンの胸像がある執務室
展示会場は全部で建物4階分におよび、「車やオートバイ」「様々な職業で使用された道具や職場」「家庭生活と日用品」「デザインと職人技と」いう4つのテーマに分かれています。そして同時に東ドイツ国家の歴史も追えるように、廊下や階段には政治色の濃い展示品が並んでいます。すでに過去のこととは言え、ドイツ統一から20年あまりしか経過していないため、東ドイツ時代の多くの物が残っており、そのおびただしい品数が当時の世界を肌で感じさせるのに功を奏しています。
また、郵便局やスーパー、美容院や工房などが再現されているので、当時の日常生活の疑似体験もできます。再現された会社の執務室の壁にホーネッカー議長の写真が掲げられていたりと、芸の細かさに来場者も皆、興奮気味でした。さらに、食器やリキュール、雑誌などが配置された居間や寝室、日用品であふれた台所、洗面所などは、まるで誰かのお宅にお邪魔したかのような錯覚を起こします。
独特のロゴやポップな色使い、グラフィックデザインが施された日用品は、工業デザインにおいて1つのジャンルを確立していると言えますが、薄いプラスチックなど素材の貧しさはこの時代の限界を示しています。「金メッキの指輪やネックレスしかなかった」「チョコレートクリームを買いに30キロ離れた町まで出掛けた」という義母の言葉からも、当時の生活の厳しさがうかがえます。しかしその苦労を超えて、やはり東ドイツ時代には懐かしいものがあるのでしょう。ノスタルジーならぬ「オスタルジー(Ostalgie)」を求めて、ぜひ一度お出掛けください。
目を引く巨大なプラッテンバウのミュージアム
横浜出身。2005年からドレスデン在住。ドイツ人建築家の夫と娘と4人暮らしの建築ジャーナリスト。好奇心が向くままブログ「monster studio」公開中。
http://yoyodiary.blog.shinobi.jp/