昨年11月、北ドイツの村でアーティスト・イン・レジデンスでの滞在制作を経験しました。アーティスト・イン・レジデンスとは、芸術活動を行う人を一定期間ある土地に招待する事業で、アーティストはその土地に滞在しながら作品制作を行います。
今回僕が2週間滞在したヴォルプスヴェーデは、ブレーメン近郊に位置する小さな村。初めて訪れたのですが、人口約1万人のさほど大きくない村が、芸術と強いつながりを持っていることに驚きました。
もともとヴォルプスヴェーデは、「悪魔の湿原」(Teufelmoor)と呼ばれる不経済的な泥炭地で、入植者たちはここに農地を作るのに苦労しました。やがてこの場所が芸術家を通じて有名になったのは、1800年代の終わりごろ。デュッセルドルフの画学生たちがヴォルプスヴェーデに移り住んでアーティストコミューンを設立したのです。そこで若き画家たちが描き上げた風景画は、やがてミュンヘンの展覧会で大成功を収めます。
オットー・モーダーゾーンらがこの地に永住を決めた1889年は、ドイツの芸術家コロニーの創設年といわれています。芸術が大都市に集中した当時を想像すれば、若者が芸術的に重要でない辺境に移住する決断をしたのはとても勇気がいることだったと思います。
僕が滞在したアトリエは村の端っこにあり、道に外灯はなく、夜は真っ暗でした。ブナが根をはわす道の足下を探っていると、村で育った若者が「空を見ながら歩くといいよ」と教えてくれました。不思議に思いながら見上げると、星空が木々の間にうっすらと道筋を示しています。与えられた作業場は一人で使うには十分すぎる広さで、窓から遠くに見える風車が、草地が広がる風景を引き締めていました。ぼーっとできるぜいたくを噛みしめると同時に、作業に没頭できる時間のありがたさも感じました。
アトリエの窓から見える風車
散策にちょうどいい小さな丘もあり、気晴らしによく歩きました。ほかの棟にはドイツ、チェコ、韓国出身のアーティストたちがいて、それぞれに違う分野で制作する彼らとの意見交換は有意義でした。
週末には、この村でパウラ・モーダーゾーン=ベッカー芸術賞の発表と展覧会が開催されました。パウラは、31歳の死の直前まで絵を描き続けた画家で、先述したオットー・モーダーゾーンの妻でもあります。
芸術賞を受賞したLucila Pacheco Dehneさんの作品
そんな彼女の名前を冠した賞の展覧会へ行ってみると、観たことのある作品が。なんと学生時代の友人がたまたま奨励賞を受賞していたのです。全く知らなかったので驚きましたが、授賞式に来ていた彼女とその家族と一緒にお祝いすることができました。
今回は初めてのアーティスト・イン・レジデンスでしたが、実りのある経験となりました。このような機会が次いつ得られるか分かりませんが、また応募してみようと思います。
神戸のコミュニティメディアで働いた後、2012年ドイツへ移住。現在ブラウンシュバイクで、ドキュメンタリーを中心に映像制作。作品に「ヒバクシャとボクの旅」「なぜ僕がドイツ語を学ぶのか」など。三児の父。
takashikunimoto.net