世界にはさまざまな博物館・美術館が存在しますが、健康や衛生をテーマにしたドレスデンの「ドイツ衛生博物館(Deutsches Hygiene-Museum)」は、歴史への関わりの深さにおいて、またその展示物のユニークさにおいて、ぜひ訪れたい施設です。
衛生に関して市民の認識がまだまだ浅かった近代ヨーロッパ都市圏では、浄化されない汚水をはじめ不衛生な環境にありました。そのため伝染病によって多くの人々が命を落とし、病気への不安が募っていきます。
そんな中、町中に緑地が整えられ、早くから結核療養の地として有名になったドレスデンは、20世紀初めより衛生学の中心として発展してきました。
とりわけ洗口液オドールの販売で一躍有名となった企業家カール・アウグスト・リングナ(Karl August Lingner)は、市民への健康に対する啓蒙に生涯力を注ぎます。1911年には国際衛生展覧会がドレスデンで開かれ、500万人以上の来場者が訪れるなど、衛生に関する人々の関心は確実に高まっていきました。そして1912年に先駆的な教育施設として衛生博物館がドレスデンに誕生したのです。しかしナチス政権下、優生学や人種差別主義に基づくイデオロギーを広めるための場として使用された時期がありました。
体内が透けて見える人体模型「ガラス人間」
常設展示は、体のしくみ・生と死・食物・性・記憶や思考・動き・美について7つのコーナーで、触れたり匂いをかいだりでき、自分の体を使って知るつくりとなっています。
館内で最も有名な展示物は体内の隅々まで見ることができる人体模型―通称ガラス人間です。1930 年に初代が作られ、1万2000メートルにも及ぶ針金が神経と血管のために使用されています。その後東ドイツ時代には6万メートルの針金を使ったガラス牛も登場しました。
力強い線が印象的な存在感ある博物館建物
また芸術面でも注目する点が多くあります。病気の兆しや体の本質を見抜く意味が込められた目のシンボルマークが描かれた有名なポスターは、象徴主義を代表する画家フランツ・フォン・シュトゥック(Franz von Stuck)が手がけたものです。また力強くシンプルな造りの建築は、当時建築界の重鎮ヴィルヘルム・クライス(Wilhelm Kreis)による設計で1930年に完成しました(但し、1945年の空襲により建物が崩壊、その後再建)。
心や体という人間にとって最も身近で未知の世界を知るということは、昔から人々の興味を刺激してきました。大変活発な活動を続ける衛生博物館は、現在も興味深い企画展示を織り交ぜながら、私達を知の世界へ引き込んでくれます。
ドイツ衛星博物館(Deutsches Hygiene-Museum):www.dhmd.de
東京都出身。ドイツ、西洋美術への関心と現在も続く職人の放浪修行(Walz ヴァルツ)に衝撃を受け、2009年に渡独。ドレスデン工科大学美術史科在籍。