コロナ禍で一つだけ良いことがあるとしたら、私の場合は散歩の時間が増えたことかもしれません。北ドイツでは珍しく良い天気が続いた昨年のロックダウン中、毎日のように散歩に出かけていました。ハンブルクはドイツで最も緑の多い都市ともいわれ、確かに緑豊かな公園が多く見られます。今回、私がコロナ禍に再発見したスヴェン=シモン公園をご紹介します。
ハンブルク市の西、閑静な高級住宅地ブランケネーゼとリッセンの間に自然保護地域に指定されている森の散策路があります。その途中にあるのが、このスヴェン=シモン公園。公園の入り口はまるで大きなお屋敷の門のようで、足を踏み入れた途端、不思議な静寂に包まれます。駐車場には車がいっぱいなのに、なぜかこの公園はいつも人がまばら。レトロな街燈のある坂道、ひっそりと睡蓮が浮かぶ池、森へ続くいくつかの散歩道など、その佇まいはとても神秘的です。たまに見かける人々もとても静かなのです。
晴天に映える人形博物館
緩やかな坂道を上り詰めたところにある白いバウハウス様式の邸宅は、もともとはある有名な出版業者の家でした。その人物とは、ハンブルクのアルトナ地区出身のアクセル· スプリンガー(1912-1985)。大衆向け新聞のビルト紙、Hamburger Abentblatt(ハンブルク日刊新聞)、ツァイト紙など数多くの新聞雑誌を出版し、成功と名声を手にした人でした。1955年に彼がこの邸宅を買い取り住んでいましたが、1980年に長男で写真家のスヴェン=シモン· スプリンガーが自殺。その悲しみから立ち直れず、父アクセルは朽ちていく家を残し、この地を離れたそうです。その後、息子への哀悼の意を込めて、この地をスヴェン=シモン公園と名付け、ハンブルク市に寄付しました。現在では、邸宅はリフォ-ムされて人形博物館となり、公園と同じく市の財産として保護されています。500以上のアンティーク人形のほか、ミニチュア家具や食器などが展示されており、骨董品に興味のある方にはおすすめです。
静かなひと時を過ごせる森
博物館を過ぎると、目の前にはエルベ川対岸のアルテスランド、そしてハンブルク市の港までパノラマ展望が広がります。そのまま下に一気に降りる階段はエルベ河畔へと続き、水遊びする子どもたちの歓声が森の中まで聞こえてきます。静寂を好むなら、河畔には降りずに森の散策路を行くのが良いでしょう。この道は、ブランケネーゼまでのちょっとしたハイキングコ-スになっています。
亡き息子への思いが刻まれた記念碑
夏の日差しを避けて訪れたある日、スヴェン=シモン· スプリンガーの記念碑を見つけました。今まで見落としていたのですが、記念碑には「彼は死んだが、今もなお語っている」(へブル人の手紙11章4節)と刻まれていました。いつこの公園を訪れても少しメランコリックになってしまうのは、悲しい由来のせいかもしれません。
ハンブルグ郊外のヴェーデル市在住。ドイツ在住38年。現地幼稚園で保育士として働いている。好きなことは、カリグラフィー、お散歩、ケーキ作り、映画鑑賞。定年に向けて、第二の人生を模索中。